第四章 焼逐梅 PART14
14.
「…………」
「あなたを咎めるつもりはありません。きっとなんらかの事情があったのでしょう。ただ僕は兄が死んだ真実を知りたいのです」
春田君は縋るような瞳で見つめてくる。
「栞さんは……兄の病気を知って心中するつもりだったんだと思います。火を点けたのはきっと彼女でしょう。ですが、あなたはその現場に駆けつけて、彼女を逃がした。違いますか?」
「君は俺の体を見て、そんなことができると思うのか? 元レスキュー隊員だとしても、動けるはずがない。この体を見ればわかるだろう?」
「もちろん健康体であっても難しいと思います。ただ、あなたならできる可能性があります」
「それはなんだ?」
「20年前に起きた火事と同じ現場だからです」
彼は丁寧な言葉で続けていく。
「元あった式場が壊され改築されたのが、今の式場です。安全上の不備があったことを告げれば、あなたは式場の管理について口を出すことができたはずですよね? あなたは20年前からずっと、この式場のことを熟知していた」
「その点については了承しよう。俺が何度か通ったことは調べればわかることだからな。だがどうして栞が死ぬとわかっている現場に飛び込むことができるんだ?」
「兄があなたを知っていたからです」
春田君は迷うことなく答える。
「兄は栞さんのことを知ると同時に、梅雪さんにも挨拶にいっていました。おそらく栞さんと結婚する予定まで立てていたのでしょう。プランナーである兄はきっと皆に秘密にしながらその方法を考えていました。だけど兄が病気であることを知ってから……同じ病気である梅雪さんとの接点が増えました」
……よく調べている。
彼の推測は的外れではない。きちんと様々な情報を整理し、その上で練ったのだろう。
「そこできっとあなたのことも知ったのでしょう。夏川静さんとの繋がりも彼女からだと推測しています、夏の葬儀で関係者の方にお話が聴けたんです。花火大会で結婚を挙げた方から」
「なるほど、概ね君のいうことは正しい。だが一つ、検討違いしている」
「それは……?」
「……その時に話そう。今、語るには時間が足りないだろう」
「わかりました。きちんとお話して頂けるのですね?」
春田君が不安そうな顔で見つめて来る。
「ああ、もちろんだ。君に会えることを楽しみにしていたのだから。本当は明日以降に話す予定だったんだが、君の方から来てしまったからね」
「申し訳ありません」
春田君が頭を下げる。
「明日ということは……火葬の手続きをして下さる時にということでしょうか?」
「ああ」
明日は俺にとって特別な日だ。梅雪の最期を送り、その全てを告白することを決めていた大切な日だ。
「申し訳ない気持ちはもちろんある。これだけの機会が空いたんだ、本当はこちらから話をしなければならないものだともわかってる。もし君が望むのなら、放火犯として出頭することも辞さないつもりだ」
「いえ、それだけは止めて下さい。だってあなたではないんでしょう? 栞さんのために自分の身まで犠牲にするつもりですか?」
「春田君、俺はもう疲れたんだよ」
しわがれた声で告げる。
「色んな人生を抱え込み過ぎてきた。自分ならやれるはずだと思ってプライドのまま、仕事に臨んできたが、その全てが壊れ果てたんだ。だから最期くらい、恰好をつけてもいいだろう?」
「そ、そんな……」
春田君は小さく首を振って抗議する。
「僕は……これ以上、誰かが犠牲になるのはもうたくさんです。だからこそ、今日まで胸の内に止めてきたんです。だから、だから、冬野さん……」
「きちんと報告をすることは確定している。安心してくれ」
彼に背を向けて帰り道を歩いていく。
ほっと吐息が出そうな粉雪が上空から降り注いでいる。
全ての罪を消すことはできない。せめてこの雪のように、覆うことしかできないのだ。
俺の罪は深い。助けることができる状況で2人の命を掴めなかったのだから――。
唐突に後ろを捕まれると、再び姿を現したのは春田君だった。
「冬野さん、やっぱり今日、お話をしましょう。社長から時間を頂いてきました」
「何をいっている、明日でいいだろう? もちろん全てを話すことはできないかもしれないが、君の満足のいく答えをいうつもりだ」
「明日が来れば、でしょう?」
春田君は親の仇のように睨みつけてながらいう。
「あなたに明日は来ない。あなたは今から現場に行って自殺するつもりなんでしょう? 違いますか」
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