第四章 焼逐梅  PART15

  15.


「な、何をする?」


 春田君の腕を振り切ると、彼は再びは熱を込めながら肩に腕を伸ばしてきた。


「冬野さん、それだけは絶対にやっちゃ駄目です。僕は栞さんを捕まえるために発言しているわけじゃありません。真実を知りたいから、ここまで来たんです」


「だが君が辿り着いたということは、他にも知っている者がいるということだ」


 小さく頷きながら彼を見る。


「あの子を守ることが俺にできる最後の仕事だ。事件に新犯人が現れれば、それ以上、詮索はされない」


「それで彼女が救われると思いますか?」


 春田君は腕の力を籠め続ける。


「冬野さん、あなたは本当に不器用な人です。本当に……どうして、そんなに自分の命を粗末にするんですか?」


「俺の命は俺が決めていいだろう? 何の文句がある?」



「あなたの命だって、の一人ですよ」



 春田君は電車のホームで叫ぶ。


「どんな辛いことがあったって……死に走る行為は絶対にダメです。僕は一年近く、様々な人の死に立ち会ってきましたけど……悲しい葬式は絶対に見たくないんです」



 彼の瞳に涙が浮かんでいく。



「葬儀に立ち会う人は皆、哀しみを乗り越えるために会場をくぐります。その人の思いを胸に次に繋げようと、必死に祈っているんです。それなのに……あなたが……レスキュー隊員であった、あなたがそんな最期を遂げていいわけがありません」



「俺だって考えた上での行動だ」


 小さく吐息をつきながらいう。


「俺にはもう失うものがない。この命は20年前に失ったも同然だからだ」


「栞さんがそんなこと、望んでいるわけがないでしょう? 彼女をこれ以上、苦しめてどうするんですか!?」


「だが他に方法はない。君に真実を話すことを約束した以上、俺はこの身を捨てなければならない」


 焼逐梅として、梅雪と共にこの世から消えるためには聖なる火が必要だ。


 という娘と同じやり方で死ななければ、あの世で彼女に会う資格はない。


「え、冬野さん、今なんといいました?」


「君に話をする以上、この世にはいられないと」


「……ああ。もしかして、僕は大変な勘違いをしていたかもしれません……あなたよりも先に話をしておくべき人がいました」


 彼の血の気が引いていく。それと同時に最悪の出来事が想定されていく。



 ……まさか、栞も同じ考えだったら?



 両親を火事で無くし、娘を失った俺に労われ、その上、恋人であった彼氏と心中しようとし、一人だけ生き残った栞。


 彼女の冷めた笑みが脳裏を過ぎる。


 

 ……まさか、まさか――。



「冬野さん、栞さんはどちらに? ホールにはいませんでしたよ?」



 携帯で連絡を入れるが、繋がらない。悪い予感が全てを包んでいく。


「とりあえず、向かうしかなさそうですね。電車よりも車の方が早いでしょう、すぐにタクシーを」


「いや、車は駄目だ。この時間の込み具合では電車で最寄りまで行ってから乗った方がいい」


 心臓の鼓動が跳ね上がっていく。電車に乗りながら、緊急事態を想定して頭を働かせる。


 

 ……どうして俺は、こんな単純なことを考え付かなかった?



 今まで浮かんでいた栞の笑顔が消えていく。彼女の方こそ辛いだろうに、それなのに自分が犠牲になることばかり考えていた。




 ……きっと栞こそが、あの式場にいるはず。


 


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