第四章 焼逐梅 PART13
13.
通夜を終えると、武彦は再び病院に戻っていった。何でも患者の手術が残っているらしく、明日の朝、再び立ち寄ってくれるようだ。
「パパ、本当に休む暇がないね」
「そうだな」
彼を見送ると、栞は黒のスーツを着た男から声を掛けられていた。きっと職場の同僚だろう。
「じゃあ俺も、もう帰るからな」
「うん。おじさん、また明日よろしくね」
外に出ると、少しだけ雪が降っていた。厚手のコートを纏いながら都営電車の方へ向かうと、後ろから走ってくる男の影が見えた。
「すいませーん、冬野さーん」
振り返ると、そこには葬儀担当者の春田君がいた。
「お久しぶりです、春田です。春に会ったこと、覚えていますか?」
「ああ、覚えているとも」
頷きながら彼を見ると、息を切らせながら笑顔を見せた。
「君は……極道の親方を送った担当者だろう?」
「ええ、そうです。あの時はすいませんでした。大分、出棺の方、おまたせしてしまったでしょう?」
彼は新人でありながら、この春、一つの極道を纏め上げてしまった有名人だ。その後も持ち前の明るさと行動力で数々の仕事に臨み、着実に成果を上げているらしい。
「いや、構わないさ。時間通りに行く方が少ないからね。それで今日はどんな用件かな?」
「ええ、実は、志木栞さんについて、お訊きしたいことがありまして」
「本人なら中にいるじゃないか。彼女から今日の担当になって欲しいといわれているのだろう?」
「ええ、そうなんですが……今日はあなたに訊きたいことがあるんです。火夫としてではなく、レスキュー隊員としての冬野斗磨さんにお話を聞かせて頂きたいのです」
彼の瞳に強さが増す。きっと真実を確かめるために、情報をかき集めてきたのだろう。
「なるほど、それなら場所を変えようか。俺も君に話しておきたいことがある、だから後日の方がいいんじゃないか?」
彼は明日まで担当者として現場に居合わせなくてはならない。そんな状態の彼に話を切り出すのは都合が悪いし、何より安心して真実を話すことはできない。
「きちんと時間を設けて話をしよう。何なら栞を連れて三人でもいい」
「いや、しかし……」
「大丈夫、逃げたりはしないさ」
焦りを見せる彼の肩を優しく掴む。
「俺も色んな業を背負って生きてきたからね。必ず君の望みに応えるつもりだ」
「……ありがとうございます。それでは今、ここで一つだけ尋ねてもいいでしょうか?」
「ああ、いいよ」
春田君は意を決して深呼吸をする。
「僕の兄は三年前、結婚式場で亡くなりました。事務所内が火に包まれて焼死体として発見されたんです。その時の現場状況を調べていくうちに、ある一つの可能性が出てきたんです」
「その事件なら知っている。それで一つの可能性とは?」
「兄は煙草を吸わないのに、火元は煙草の吸い殻からと書かれていました。そしてもう一つ、現場には一人しかいなかったと断定されています。その理由がやっとわかりました……」
彼は息を呑みながら、大きく告げた。
「あなたなんでしょう? 志木栞さんを同じ場所で、二度も人命救助したのは」
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