第四章 焼逐梅 PART12
12.
「またまた。どうせ噂だろう?」
おどけるようにいうと、相田は眉を寄せながら再び呟いた。
「今は派遣の葬祭司会業をやっているが、その前はウェディングプランナーとしてばりばりやっていたらしい。お前も知ってるだろう?」
「ああ。栞ちゃんとは斎場でよく会うからね。だが噂だろう、真実じゃない」
「そうか、そうだったな……」
相田は再び沈黙し、気まずそうにしている。
「すまない、余計な心配だったな。俺はさ、お前が泥を塗られる所を見たくないんだよ。お前は十分に陽の目を見るべきなのに……」
「ご忠告ありがとう。肝に銘じておくよ」
……きっと彼にとって俺は今でもレスキュー隊員なのだろう。
輝かしい時代に目を奪われ、今の状況が不幸のどん底だと思っているに違いない。
実際は折り合いもついて消化できているのだが周りの人間からすれば、取っつきにくい存在なのだろう。
人は希望を失ってもある程度は生きられる、求めなければそれなりの生活は確保されている。
そう、求めなければ――。
「……実は彼女の元カレの弟君がここに勤めているらしい。しかもそいつが今日の担当者らしいんだ」
相田は指を挿しながらいう。そこには要領よく動いている
「何でも弟君は兄貴が死んだ理由を血眼で探し回っているらしい。だから冬野……面倒ごとには関わるなよ」
「なるほど、そうだったのか。そんな偶然があったなんて、知らなかったな」
「お前も知ってるだろう? 3年前、俺が搬入している結婚式場で火事が起きたこと。それが……あの……場所だったことをさ」
「ああ」
……それで相田は詳しいのか。
納得する材料を手に入れて安堵する。どうやら全ての関係者が知っている事案ではないらしい。
3年前、梅雪が務めていた結婚式場が立て直されたが、そこで再び火災が起きた。その時に事務所から一人の男性の焼死体が見つかっているのだ。
その遺体は
「どういう処理をしたのかは知らないけどさ、まあ、あんまりいい噂じゃない。お前も気をつけろよ」
「ああ、ありがとう」
「それでは皆さん、お座り下さい。これより竹山梅雪様のお通夜を始めさせて頂きます」
相田を式場へ誘導すると、司会の声が聴こえた。
「導師、入場です」
夏川さんのお孫さんが雪駄のまま、式場へ入っていく。彼女はゆっくりと
チリーン チリーン
……美しい。
清々しい気持ちを覚えながらも、彼女の言葉に聞き惚れていく。男の読経と違い力強さはないが、その分、軽やかで繊細な美しい声だ。
ゆっくりと沁み込んでいく読経に、梅雪への弔いが一層深いものになっていく。
――その亡くなった住職さん、実は私のおばあちゃんなんです。
火葬場での出来事が蘇る。夏に出会った時、彼女は震えながら、拙い言葉で祖母と故人への思いを語っていた。
――親しい人が亡くなるのは辛いですけど、これを私の仕事にし続けたいのです。
泣いて倒れ込んでいた彼女はもうここにはいない。ここにいる彼女は、聖火を届けるオリンピック選手のように逞しく力強い。
――どうか見ていて下さい。私がおばあちゃんの代わりになるまで――。
……静さん、もう彼女は大丈夫ですよ。
世代交代を果たした彼女の思いは受け継がれている。一蓮托生という言葉に沿って、従順に教えを守っている。
人の命は脆く儚いが、繋がっていける、この住職のように――。
……梅雪、お前の思いもきっと受け継がれているはず。
静かに数珠を掴んでいる栞を見て安堵する。彼女はもう立派に成人を果たし生きている。きっとこれからも、天寿を全うすることができるに違いない。
……そう、それが亡くなった彼の思いでもあるのだから。
静かに言葉を聞いていると、再び鈴の音が鳴り、読経は終了した。
……ありがとう、菜月さん。これで梅雪も……浮かばれる。
心の中で彼女へのお礼を述べると共に、深く一礼した。
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