第四章 焼逐梅  PART11



  11.


「この度はご愁傷様です」


「こちらこそ、足元の悪い中、お越しくださいましてありがとうございます」



 記帳を受け取り香典を頂く。式場へ案内すると、また新たな弔い客が到着する。



「栞ちゃん、俺が受付にいるから行っておいで」



「いいよ。おじさんこそ、同級生が来るんでしょ? 私がここにいるから、行っておいでよ」


「それが面倒だから、ここにいるっていってるんだよ」


 小さく手を振って彼女を追い出す。


「俺達は一度別れているから、迎える側にいる説明をしないといけないだろう? 仕事があったら、それで手間が省けるんだから俺にやらせてくれよ」


「ふうん、そういうものなのか」


 栞はそういいながら、しぶしぶと席を離れていく。



 ……本当に今年中に逝ってしまったな。


 

 弔い客の記帳用紙を取り出しながら梅雪の棺を眺める。彼女のものには燃えるような朱に染まった梅の棺掛けが掛かっている。



 ……お前と付き合った日に別れるなんて、因縁を感じるよ。


 

 今日はクリスマスイブ。彼女に告白をして付き合うことになった日に、終止符を打つことになるのもまた運命だったのかもしれない。

 

 自分の分の記帳を終え椅子に座り直すと、同級生の顔がちらほらと見えた。皆、俺と同じように年をとりながらも高校時代の余韻を残している。



 ……あの時は、こんな年まで生きるなんて覚悟していなかったな。



 10代の頃に60代の未来など予想できなかった。今やるべき課題をクリアすることに必死で、先の未来など想像できていなかった。



 ……この歳になっても、心は変わらないものだな。



 年月の加速が、日々体を衰退させていくが、精神はさほど変わっていない。それはきっと高校時代の友人に恵まれたからだろう。


「冬野じゃないか、久しぶり」


「おお、相田あいだか」


 久しぶりに会う友人の記帳を受け取り握手を交わす。彼は俺の事情を知る数少ない友人の一人だ。


「お前のとこの料理屋、評判がいいらしいじゃないか。冠婚葬祭業で儲けてるって、噂でよく聞くよ」


「大したことないよ。それよりも毎日かつかつで生きるので精一杯さ。クレームだってひっきりなしだ」


「よくいうよ。Sクラスのベンツを乗りこなしているんじゃないのか」


 茶化していうと、相田は肩の力を抜いてこっそりと告げた。


「あれはお得意様用だ。社用であってプライベートじゃない。包丁一本じゃ、今の時代稼げないんだよ、冬野」


 友人との話に花が咲く。実家を継いで料理屋となった彼は未だなお精悍な顔つきをしている。板前としての貫禄が表情ににじみ出ているのが何よりの証拠だ。


「お互い年を取ったもんだな。冬野は特に大変だったろうけど、元気そうでよかった」


「人の一生なんて変わらんさ。だがここまで来れてよかったと思ってるよ」


「……そうか。そうだよな、うんうん……」


 相田は声を潜めながら呟く。


「お前と梅雪は本当にお似合いだったもんな。別れたのが今でも信じられないよ」


「相田、どんなにうまく繋がっていても、火は鎖ごと燃やしてしまうんだよ」


小さく呟くと、相田はそれ以上深くは追求せずに頷いた。



「そうだな、今ならお前の決断が正しいと思えるよ。同級生のよしみで一つだけ忠告してもいいか?」


「ああ、どうした?」


「お前が助けた子がいるだろう? 武田の所にいる……」


「ああ、そうだが。それがどうしたんだ?」


 相田は声を潜め、耳元で囁いた。


「あの子、危ないぞ。結婚式場で火を放って彼氏と心中しようとしてたって噂があるんだ」


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