第三章 紅葉綾灰 PART17 (完結)

  17.



「おい、でくのぼう。早く秋桜こすもす、持って来い」


「は、はい」


「急げよ、昨日約束を守ってやったんだから、きばれよっ!!」


 次の日。木山さんは鬼のように宇藤君をこき使いながらも、無事に施行は終了した。


「おし。時間内に終わったな。後は式が始まるまで、担当者の指示に従い準備を手伝っていくぞ」


 祭壇の施行を終了させながらも、私達は春田君を気遣い、テーブルや椅子を並べ替え、会場作りに専念していく。


「助かりました、本当にありがとうございます。秋尾さん」


「いいって、いいって。春田君はこれからが本番でしょ」


 今はまだ、人がいないステージを作り上げただけだ。これからが彼の見せ所となる。


「ええ、そうです。ですが後はやるだけです。準備が一番大切ですから、ここまでして頂いて、本当に感謝しています」


「こちらこそありがとう。夏川さんにきちんと報告できるよう、頑張ってね」


 春田君のいるステージから遠ざかり、自分達の道具を回収していく。搬出経路を辿っていくと、木山さんと宇藤君が話している姿が見えた。


「で、結局、部屋に戻ってやったんだろ?」


「やってませんよ」


「じゃあ、いつやるんだ? 今でしょ!」


「まだそんな段階じゃありませんし、古いです」



「……ねえ、木山さん。何の話をしているんですか?」



 木山さんに声のトーンを下げていうと、彼は笑いながら後ずさりしていった。


「秋尾、お疲れさん。宇藤、明日は朝から実技検定だからな、夜に体力を使うなよ、もったいないからっ!」


「だから、してませんって……」


 木山さんを見送ると、宇藤君は私から視線をそらし、私の荷物を片手で掴んだ。



「……ふーん。宇藤君も、嘘つけるようになったんだねぇ」



「な、何の話ですか」


 恥ずかしがる宇藤君のお腹をつねると、彼は声を漏らして私から遠ざかった。



「じゃあ昨日のあれは、何だったの?」



「え、あ、あれは……すいません」


 謝る宇藤君に、私はにやにやしながら彼を追い詰める。


「それよりもさ。明日の試験、大丈夫そう?」


「そうですね、気持ちは半々でしたけど……受からないといけなくなりましたからね。必ず受かると約束します」


 宇藤君にしては強気な発言だ。でもそれくらい男らしい方が彼には似合っている。



「秋尾さん、一つだけお願いしていいですか?」


「はい、何でしょう」


「帰る時は、一緒に帰りましょう」


「ん? 撤収は二時間後だから、一緒の車で帰るけど……」


「いえ、そうではなくて……」


 宇藤君は顔を真っ赤にしながらいう。




「……実家に帰る時です。帰る時は……一緒に連れていって下さい」




「え? それって……」


「……そういうことです。だからまだ、ここにいて下さいよ」


 答えに戸惑っていると、宇藤君は私の両肩を掴んだ。



「Aランクの試験を終えたら、次は技術指導課に入るための試験があります。大猿さんのレベルに達するまで……僕がここで一人前になるまでは返しませんから、そのつもりでいて下さい」



「わがままだね、宇藤君……」


 私は精一杯背伸びして彼の首に腕を絡める。



「でもそんな言い方じゃ嫌だな。きちんといってくれないと、離れていっちゃうかもよ?」



「好きです、秋尾さん。僕と結婚して下さい」


 宇藤君は業務用エレベーター内で叫ぶ。声が反響して私の耳だけでなく体全体を伝っていく。


「あなたと一緒にいたいです。秋尾さんがいれば、僕はこれから先ももっと頑張れます。あなたを必ず幸せにします」



「……うん。ありがとう。嬉しいよ。じゃあ私も一つだけお願いしていい?」



 宇藤君に体を預けながらいう。



「私より先に死なないでね。私の祭壇をさ、宇藤君に作って欲しいの。春に死んだら桜を、夏に死んだら向日葵を、冬に死んだら梅の花を、秋に死んだら……秋桜をたくさんいれてね」


「約束します」


 宇藤君は大きな腕で私を包み込んでいう。


「大猿さんの分まで、僕があなたを幸せにします。紅葉が灰になるまで、最後まで見届けますから」


 彼の熱い体温が私の体を紅葉のように染めていく。一度失ったこの心を取り戻してくれたのは彼のおかげだ。



 ……あなたと会えてよかった。



 祭壇に使うはずだった秋桜がバケツの中でたゆんでいる。この会社に残って彼と出会えたのは、祐一のおかげなのだろうか。



 ……紅葉のように成熟期を過ぎても、私達はそのまま灰になるまで、共に過ごしていこう。



 宇藤君の体温を感じながら、心を彼に預けていく。




 君とならやっていける気がするよ。



 ね、宇藤君。



 私、今、すっごく幸せです。ありがとう。

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