第三章 紅葉綾灰 PART11
11.
決行当日。
私の支社からは1トントラックが二台出ることになり、その中に200の供花を全て納めて搬入することが決まった。
「じゃあ俺は先に行くからな。後から宇藤と一緒に来い」
木山さんを見送りながら、宇藤君の施行帰りを待つ。搬入する荷物をチェックし終えスロープのベルトを止めていくと、宇藤君がスーツの上にマフラーを着けたまま、現れた。
「施行、お疲れ様。宇藤君の準備が出来次第、出発できるよ」
「ええ、大丈夫です」
宇藤君は私の目を見ずにいう。
「運転しますよ、秋尾さんは助手席に乗って下さい」
「うん、お願いしよっかな」
茨城の鹿島ホテルまでは200kmある。時間にしておよそ二時間半だ、私の運転では心もとないだろう。
「今日の施行はどうだった?」
「まあ、特に何か問題はありませんでした」
「そっか……」
テンションの低い彼を見て違和感を覚える。普段なら大型施行の際、よく喋るのだが。
……やっぱり気まずいなぁ。
きっと彼も一緒だろう。あの会議の後、お互いギクシャクして、訳も聞けずにいる。
……仲直りしたいのに。素直になれない。
年を取るごとに純粋さを忘れていく。きっと彼にだって理由があるから、あんな言い方をしてしまったのだろう。
……年のせいにしちゃダメだ。
ここから先は風景が変わる。気持ちを切り替えて、私の方から謝ろう。
首都高速から常磐道へ乗り換え進んでいくと、夕焼けを浴びた利根川が見え始めた。
「わー、大きいねぇ、宇藤君。これ全部、川なんだよー」
「……そうっすね」
……もう、意気地なし!
自分に喝をいれながら彼を見る。彼の冷静な態度に心も寂れていく。小さく欠伸を繰り返す彼を見て、声が漏れる。
「この間はごめんね? 宇藤君」
「何がですか?」
「君の態度を見て、勝手に怒ったこと。宇藤君にだって理由があったはずなのに……」
「いえ、自分こそすいません。特に何かあった訳では……」
ハンドルに指を何度も刻む癖を見れば、神経質になっているのはわかる。
「隠さなくていいよ。今も緊張してるんでしょ? いつも一緒だし、見れば大体わかるから」
「そうですか……。そうですよね」
宇藤君はマフラーを片腕で握りながらいう。
「秋尾さん……自分は未熟者です。生花祭壇の技術のために、己を捨ててきたつもりだったのですが、まだまだでした」
意味がわからずに尋ねると、宇藤君はから咳をして答えた。
「自分がここに来る前はウェディングの花屋にいたといっていたじゃないですか」
「うん、覚えてるよ」
「実はその時にも鹿島ホテルに行ったことがあるんです」
「へーそうなんだ、凄いね」
芸能関係の人が利用するくらいなのだから、凄い立派な所なのだろう。
「それを思い出して……ちょっとブルーになってしまいました。決して秋尾さんのせいじゃないです」
「そっか、それならいいけど……もしかして、この間、行かなくてもいいといったのは場所のせい?」
「そうなんです。せっかくのチャンスを不意にする所でした。秋尾さんがいなかったら、僕は今ここにいられませんでした、本当にすいません」
温くなったカフェラテを口に含みながら、宇藤君は声を上げた。
「いつも秋尾さんには迷惑を掛けてしまって……立つ瀬がないです。もっと大人にならなくちゃいけないと思ってるんですけど、駄目っすね……」
「そんなことないっていいたいけど……頑張ってる人はそれが当然だと思うよ」
元カレの言葉を思い出して告げる。
「色々問題はあるとは思うけど、走るのに必死にならなくちゃ、目標には届かないでしょ。辿り着いた後に、また考えたらいいよ。それまでは止まることを考えちゃダメ」
「すいません。そういって貰えると嬉しいです」
宇藤君は肩の力を抜いて答える。
「自分にとって今は正念場なんです。仕事もそうですけど、人生のターニングポイントというか……ともかく今、やらなかったら駄目になりそうなんです」
その気持ちはよくわかる、彼が練習を投げだしている姿は見たことがないからだ。
下手でも、前に進むことを諦めない。どれだけ駄目だしされてもきちんと謝り、素直に受け止める。彼が自分を認めなくても、周りはすでに彼を認めているのだ。
才能なんかよりも、人の心は努力する姿に打たれる。きついことから目を離さないその勇気と覚悟に、信頼は生まれてくるのだ。
「宇藤君なら大丈夫、きっと木山さんのように人を教える立場になれるよ」
彼の瞳を見つめる。熱く滾っているその姿に、元カレとダブって見える。
……よかった。やっぱり頑張ってる君が一番格好いいよ!
「絶対に成功させよう、宇藤君。たくさんの人の思いが乗ってるんだから、精一杯やれることはやろうねっ!」
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