第三章 紅葉綾灰 PART10
10.
「う、宇藤君。何をいってるの?」
服の袖を引っ張るが、それでも宇藤君は立ち続ける。
「自分はまだ経験が浅く、先輩方に迷惑を掛ける恐れがあります。自分がいない方が作業効率が上がるのであれば、辞退しても構いません」
「おい、宇藤。お前、何をいっているのか、わかってるのか?」
木山さんが瞳孔を大きく開いて威嚇する。
「お前が行くことは決まってるんだ。行かないというのであれば職場放棄になるぞ、それでもいいのか?」
「そうだよ、宇藤君。一旦、落ち着いて」
再び袖を掴むが、彼は頑なに動かない。
「それでも構いません、財津支社長と菊水支社長に同行を認めて貰わない限り、自分は行けません」
「俺は連れていかないとはいってないぞ」
「私もそんなこといってないですよ」
2人とも顔色を変えて否定する。木山室長のいる前では反論材料がなければいえるはずがない。宇藤君が狙っているわけではないだろうが、これで状況がよくなる訳がない。
「だ、そうだ。宇藤、お前も一旦座れ」
木山さんは顔をしかめながら周りを一望する。
「今回の東京典礼さんの仕事は破格の額だといっていい。超大型葬の中でも、こんな機会はほぼないだろう。だからこそだ、財津も菊水も自分の信頼できる部下を連れて来い。宇藤は俺のサポートに回って貰う、いいな?」
「…………」
宇藤君は目を大きく開けながらも頷かない。
「宇藤っ!」
「……。……はい、ありがとうございます。ご指導よろしくお願いします、木山室長」
彼は頷いているが、納得した表情ではない。だが木山さんに気圧されて頭を下げる形になった。
……これで何とかおさまって。
深呼吸をして息を整えるが落ち着かない。普段おちゃらけている木山さんまで真剣に抗議している状況だ。
……どうして、宇藤君?
彼の努力を目の辺りにしているのに、潰される所は見たくない。どうして意固地になって誤解されるような行動をとってしまうのだろう。
「業務終了後、宇藤と秋尾は俺の所に来い。それじゃ会議はこれで終わり、後は問題ないな? 高木」
「あ、はい。大丈夫です。それでは緊急ミーティングを終了とさせて頂きます」
2人の掛け声で会議は終わり、業務が落ち着くと、木山さんは私の所に来て手を拱いた。
「お疲れさん。秋尾、よく我慢したな」
「え?」
「あいつがいわなかったら、お前がいうつもりだったんじゃないのか? 宇藤よりもお前の方がひどい顔してたぞ」
「いえ……そんなことは……」
図星だった。私はここをいつかは去る身だ。彼の助けになるのであれば、喜んで憎まれ役を買うつもりだ。
例え彼に嫌われようと、彼のためになるのなら、私は何だって――。
「宇藤もあれで、不器用なりによく頑張ってるよ。大猿の後追いで食らいついている。お前も苦労する相手ばかりで大変だな」
ニカっと笑う木山さんに反論したいが、言葉が出てこない。
「そ、そんな関係じゃないですよ。彼は弟みたいな存在で……」
「ああ、わかってる。だから何かあったらあいつを支えるのはお前しかいない。当日は気合入れて頼むぞ」
「はい、こちらこそ支援して下さりありがとうございます」
私が頭を下げると、木山さんは再びにやにやして呟いた。
「いいっていいって。今度その大きなおっぱい揉ませてくれたら、それで帳消しにしてやるよ」
「セ、セクハラは止めて下さい」
「はは、わりいわりい」
笑いながら事務所に戻る木山さんに頭を下げる。
……これで何とか宇藤君も現場に向かうことができる、だがこれで本当にうまくいくのだろうか。
秋風に身を震わせながらコートを羽織ると、宇藤君の姿が見えた。電気の消えた在庫を抱えたキーパーの中で佇んでいる。
……え、今日も練習するの?
いくらなんでも、木山さんの所に先に謝りに行くのが筋だろう。それなのに彼は使い古したぼろぼろの菊を選別し、ラインの練習を始めている。
……どうしてなの? 宇藤君。何を考えてるのかわからないよ。
いつも大型施行について行くことが目標だと頑張っているのに、それを自分で不意にしようとしている。技術課の室長に反していたら、きっと技術があってもうまくいくはずがない。
……私にだけは、説明してくれてもいいのに。
期待しているからこそ、彼の行動に納得できない。だが彼は何もいわずに黙々と練習を続けていく。
……もう、知らないっ。
コートのボタンを留めて更衣室から駆け降り、彼を無視してそのままタイムカードを切った。冷たい風を巻き付きながら、私は首を竦ませ会社を後にした。
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