第三章 紅葉綾灰 PART9

  9.



 一週間後。予定通り、東京典礼さんから仕事の依頼が来て、責任者を含む特別ミーティングが始まった。


「……というわけで、今回は支部の責任者を各自、出して頂きます」


 高木課長が円卓を見回して資料を読み上げていく。


「技術指導室・木山きやま室長を始め、西東京支社の財津ざいつ支社長、埼玉支社からは菊水きくすい支社長、うちの支社からは副作成責任者の宇藤君に現場を担当して頂きます」


「ん? 宇藤を出すのか?」


 室長の木山さんが首を傾げる。


「桑田がいるだろう。あいつは他に行く所があるのか?」


「いえ、桑田さんには本社に残って頂きます。予定では作成が追い付かないので、彼には作責(作成責任者)として各支社のフォローに当たって貰うつもりです」


「おいおい。まあその方法もありっちゃ、ありだけどな……」


 木山さんは場を和ませるためか、おどけるように発言する。


「おい、高木。あいつもたまには外に出してやらんとかわいそうだ、あんまり首を絞めると逃げ出されるかもしれんぞ」


「木山室長、私情は一切挟んでいませんっ」


 高木さんは木山さんの冗談も間に受けず、瞬間的に告げる。クールな瞳が容赦なく彼に突き刺さる。


「現場は一つだけではありません。桑田さんが一人残っていた方が作業効率は上がります。それにもしもの時の対応は彼がいないと、反応できません」


「……それもそうだな」


 木山さんも前のめりの体を椅子に倒しながら頷く。


「わかったわかった、じゃあ今回はこれで行くか」


「すいません。提案なんですが、宇藤君の代わりに内の者を連れていってはくれませんか?」


 西東京支社の財津さんが手を挙げて尋ねる。


「彼はまだ2年かそこらでしょう。うちの者もいい経験になります、現場挿しなんてめったにないので、行かせてあげたいのですが」


「すいません、財津支社長。東京典礼さんからの推薦なので、それはできません」


 高木課長も小さく頭を下げて答える。


「お客様が秋尾さんと宇藤君を推薦しているのです。担当者も若い方ですし、彼らが誘導する役割を兼ねているので変更は難しいです」


「……そうですか」


 彼はそういいながら顔をしかめた。全然納得していないようだ。



 ……何だか雲行きが怪しいなぁ。



 円卓の隅で彼らの話し合いを宇藤君と静かに見守る。皆、大きな仕事には顔を出したいという顕示欲を持っている。技術者でもあり、経営者でもある彼らはメンツを非常に重要視する。


 次のお客様に提案する際、非常に有利なカードになるからだ。芸能関係者の葬儀だけに、名前を出せば有名税として名が売れることになる。


「秋尾ちゃん、本当に宇藤君で大丈夫なの?」


 埼玉支社の菊水支社長も首を傾げて彼を見る。


「話によると、協調性がないそうじゃないか。今回は超大型になるから、サポートに回れる人の方が助かるんだけど」



 ……目の前にいるのに、よくいうよ。



 菊水支社長を心の中で睨みつける。彼こそ協調性がないという噂を聞いていたが、全く持ってその通りだ。


 仕事の手順を皆で理解し合うための会議なのに、いちゃもんをつけられては士気が下がるに決まっている。



 ……よし、ここは私がいわないと。



 心臓の鼓動を抑えながら反論材料を構築していく。宇藤君の味方ができるのは私だけなのだ。彼のために、一言いおう。



「き、菊水支社長。そ、その点については考慮しています」



 震える唇から言葉を吐き出していく。



「供花も200基以上来る予定なので、祭壇だけでなく各自、分担作業になると思います。ですので、彼には生花祭壇だけでなく、他の設置にも回って貰う予定です」


「そう、それならいいけど……」



 ……なんとかいえてよかったぁ。



 菊水支社長の口が閉じた姿を見て、ほっと肩の力を抜く。職人と呼ばれる彼らは非常に神経質だ。自分の仕事を汚されることを極端に嫌う。それは自分が認めた人としか仕事をしないことに繋がる。



 ……宇藤君、大丈夫かな。



 隣にいる彼を見て思う。きっとこれだけいわれたらはらわたが煮えくり返るだろう。だが彼は表情を変えずに会議の行方を見守っている。


「では、次のページを……」


「待った」


 高木課長の声を止めて、木山室長が間に入る。


「宇藤、お前も一言くらい、いっておけ。今度の現場はチームワークが必要だ。お前の頑張りは俺だけじゃなく、皆、知ってる。だからこそ、きちんと決意表明しとけ」


「わ、わかりました」


 宇藤君は小さく頷きながら席を立つ。


「自分ができることは少ないですが、精一杯やらせて貰うつもりです。是非、よろしくお願いします」


 宇藤君は短文で切りながら誰の顔を見ずにいう。それが二人の支社長の反感を買ったのか、沈黙だけが会議場に続いていく。



 ……こんなんで、現場は回るのかな。



 不安になりながらも、会議からは逃れることはできない。小さくため息をつくと、高木課長もそれに合わせて私の方にウィンクを送ってくる。きっとフォローは後でするということだろう。



 ……皆が皆、高木さんみたいだったらいいのに。



 心の中で呟きながら、決意を固めていく。人頼みでは駄目だ、次に何かあれば自分が宇藤君を守ろう。



……お願いだから、早く無事に終わって。



そう願っていると、宇藤君が突然、席を立った。



「すいません、木山室長。やっぱりもう一度、いってもいいでしょうか?」



「おう、何だ。いってみろ」



「もし自分がいない方がいいのであれば……今回の施工、辞退させて頂きます」 

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