第三章 紅葉綾灰 PART8
8.
私の元カレ・大猿祐一は一言でいえば、本当に猿のような性格だった。
楽しいことにはきゃっきゃと満面の笑みを見せ、嫌いなことには一切手を出さない素直な人だった。よくいえば男らしく、悪くいえばワガママだっといえるだろう。
友人が開いた合コンで出会ったのだが、私がサラダを取り分けて出しても、彼は一切それに手をつけなかった。
――大丈夫っす。俺は食べたいものしか食べないので。
普通なら呆れ返って彼に話し掛けることを止めるだろう。だが私は、この人は初対面でも嘘をつけないのだと前向きにとってしまったのだ。
「それが秋尾さんの恋の始まりだったんですね」
「一応そうなるねぇ……」
菜月ちゃんに返事を返しながら彼の話を続けていく。
一生の仕事を探すといっていた祐一はフリーターで定職についていなかった。ちょうど私の店が秋分の日も近く、彼岸間際だったので彼をバイトに誘ったのだ。
――面白いっスね、花屋も。
彼は彼岸の輪菊三本セットを作るだけでも楽しそうにしていた。一日に400セットも作らなければならないのに、彼は休憩もせず花を眺めながら単純作業に没頭していた。
……きっとこの人にとっては天職なのだろう。
彼のひたむきな姿に純粋に心を打たれた。実家でもあり花を扱うことに慣れていた私にとってこの作業は苦痛以外の何物でもなかったからだ。ただ花を握るだけで楽しめる彼はそれからも社員として働くようになり、周りを盛り上げるムードメーカーとして私の両親からも信頼されていった。
――この仕事にするっス。
そう告げた祐一はそのまま、花を扱う仕事に嵌まっていき、うちの店では狭すぎるほどスキルを上げていった。
自ら市場の講習会に出向き、大金をはたいてアレンジを習いに行き、花に至るもの全てに興味を持ち続けて望んでいった。
この頃にはもう、私は彼に惹かれており、彼なしでの生活はできなくなっていた。
「それで祐一さんは東京へ?」
「うん、彼にとって九州じゃ狭かったんだよ。地元は形式に囚われる方だったからね」
九州では満足できず、祐一は東京の花屋に就職した。それから遠距離恋愛を通じて、彼と東京のデートを重ねた。
――なあ、
東京で就職した彼は見た目も言葉遣いも、全てが小奇麗になっていた。短く刈り込んだ短髪も清潔で、上品ささえ醸し出していた。
「あの頃は本当に楽しかったよ……見るもの全てが目新しくて、彼といつもはしゃいでた。毎月、東京に来て、色んな所でデートして……幸せだったなぁ」
もうあの頃には戻れない。彼がいなくなってしまったからだ。祐一は他県に花を搬送している途中、交通事故に遭い、亡くなってしまった。
「それからはもう、てんやわんやでね。今の会社の人にお世話になって……葬儀から全てこっちですることになっちゃって……」
祐一をかたどった生花祭壇に見とれ、彼の気持ちを一瞬で理解してしまった。
そこには地元の山と川が描かれており、彼がデッサンしたものだとわかると、自然と涙が零れていた。
「今のうちの生花祭壇のデザインはほとんど祐一が作ったものでね、それはもう綺麗なの。地元の時には絵心も何もなかったのに、本当に夢中で追いかけていたんだとわかったら、もう止まらなくなっちゃってて……気づけば今の会社にいたの」
ここにいて、技術を追いかけていけば彼にまた会える。そう思っていたが、私の技術では到底及ばないとわかってしまった。
生花祭壇は一本の花を点として見なければならない。小さい頃から花に親しんできた私には、その発想が難しく、手が馴染んでくれなかった。
「自分でもさ、何でもこなせる自信があったんだけど、これだけはいくら練習してもできないとわかっちゃってね。だから私は現場に向かうことに集中したの」
生花祭壇が挿せなくても、やることはたくさんある。一流の企業でもあるうちの花屋は常に仕事に溢れ、人手不足が常に蔓延している。
私は常に施工要員として様々な現場に向かった。施工会場は葬儀場のホールだけでなく、お寺、集会所、ホテルなど多岐に渡る。会場の空間を頭の中で認識し、それに合わせて施工をするには何よりも経験と勘が必要だ。
まして葬儀担当者の特徴と個性を考慮して動くためにはコミュニケーションが必須になり、要領も必要になる。
「難しそうですね……私は不器用なので、多分途中で挫折しちゃいそうです」
「慣れるまでが大変だったね、だから新人も極端だよ。すぐ辞める子もいれば、楽しくてずっと続く子もいるしね……」
入れ替わりが激しいため、会社は中途採用枠を随時募集していた。そこで入ってきたのが宇藤君だ。
「宇藤君は元々ウェディング専門の花屋をしていたみたいだけど、葬儀の祭壇に出会って、はまったみたい」
「そうだったんですね……」
話を終えると、菜月ちゃんは頭を下げて謝ってきた。
「すいません、軽々しくきいてしまって……」
「いや、全然。もう4年も前のことだし、吹っ切れてるよ」
だからこそ、ここにいていいのか未だ迷っている。冷静に自分の状況を判断するのなら、地元に帰るべきだと思っているからだ。
「秋尾さんは実家に帰られるのですか?」
「そうだねぇ。ここでの生活も楽しいけど、こんなことでここにいていいのかな、って思うよ。夢を追いかけているわけじゃないしね」
それに宇藤君がいれば、うちの会社は大丈夫だ。私よりも祐一を追いかける存在の方が会社にとってメリットは大きい。技術者を育てるには大変な労力を使うからだ。
「ま、今回の春田君が取ってきた仕事をしてまた考えてみるよ。規模があまりにも大きいから、人手も必要だしさ」
「やっぱり、そうだったんですね」
菜月ちゃんは小さく頷く。
「春田さんとよく電話でもお話するんですけど、仕事のことは何もいってくれないんです。きっと秋尾さんの力が必要だと思いますので、よろしくお願いしますね」
……それで本当に付き合っていないの?
心の中で呟くだけに留めておく。肩書きがないだけで、それはもう立派なお付き合いだ。彼女の心の言葉が染み入り、元気になっていく。
……これはもう成功させないといけないね、春田君。
心の中で彼に問う。いい会社にいい
「うん、頑張るよっ。菜月ちゃんのためにも絶対に成功させてみせるからねっ!」
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