第三章 紅葉綾灰 PART12
12.
鹿島ホテルに到着する頃には日は落ちており、搬入口にまばゆいライトが灯っていた。
宇藤君と共に、トラックから供花を降ろしていくと、木山さんが搬入口から3m以上ある台車を運んできた。
「おい、秋尾。これ使った方が早いぞ。宇藤は全ての供花をホテル内に搬入したら、俺の所に来い」
「「了解です」」
二人で頷き、台車いっぱいに供花を載せた後、大型の業務用のエレベーターのスイッチを点けた。これがあれば後2、3回で搬入は終わるだろう。
「宇藤君、こっちは大丈夫そうだから、木山さんの所に行って来てもいいよ?」
「いえ、それは駄目です」
宇藤君は即答してエレベーター内に台車を載せていく。
「木山さんのいう通りにしないと、怖いですからね。何もできないで、また二時間半掛けて会社に戻るのは嫌です」
「ごめん、そうだったね」
普段おちゃらけている木山さんでも、取引先にいる時は誰よりも厳しい。
それは部下だった元カレのことがあったからだろう。
「今日は一段と気合が入ってるみたいだから、多分ぱぱっと作っちゃうと思うよ」
「ですね。秋尾さん、急ぎましょう」
台車を転がしながら式場へ向かう。そこには司令塔としてきびきびと働く木山さんがいた。
……祐一がここにいたら、きっと木山さんも、気を張らずに済むだろうな。
彼の心境を思いながら式場へ向かう。
人手が少ない中、祐一と木山さんは誰よりも働いていた。時にはルールを無視し、過酷な条件で走り続けたのだ。
それは二人にとって至福の時だった。仕事を愛していた彼らは何ものにも代えがたい大切な時間だったのだ。
……祐一がここにいたら、きっと木山さんは私達のことをニヤニヤしながら、なじっていたに違いない。
願っても叶わない夢を望み頬を緩める。
元カレである祐一は過労の末、居眠りで交通事故を起こしてしまった。
一番ショックだったのは木山さんだったに違いない。信頼していた部下に先立たれるのは、親子の関係に等しいくらい悲しいものだろう。
台車を抱えたまま、会場に入ると、そこには大きな遺影写真が飾られていた。写真の額縁だけで私の身長を超えている。
「テレビでも見たことがある人だけど……本当に亡くなったんだね」
「そうですね……」
宇藤君とテーブルの高さを変えながら供花を搬入していく。宇藤君は片手に一つずつ、私は両手で一つだけだ。やはり男の方が力が強く、効率は断然いい。
会場の正面に目を向けると、木山さんを中心に、二人の支社長とその部下が花を挿している姿が見えた。
「ねえ、凄く大きいね。宇藤君。10間(15m)くらいあるんじゃない?」
「…………」
「宇藤君?」
「あ、すいません。ぼーっとしてました。運転疲れですかね」
彼はそういって頭を掻きながら供花を並べ続ける。だが彼が生花祭壇の姿に釘付けになっていたのはわかっている。
「……宇藤君、次の台車の準備してくるね」
「すいません、お気を使って貰って」
彼は頭を下げながら台車を運んでいく。
「今の自分にできることなんて、ほとんどないんですけど、ついよそ見してしまいました……行程を見るだけでも勉強になるので、かえってこっちの方がいいかもしれませんね」
……わかってるよ、誰よりも君があそこに立ちたいことは。
エレベーターに乗り込みながら、宇藤君の姿を見上げる。一人で全て挿すことはできないチームプレイだけれど、彼が一人で会社に残り続けてきたのは、この時のためなのだ。
そして、その苦労は誰よりも私がわかっている――。
「それじゃ駄目だよ、私があなたを推薦した意味がなくなっちゃう。だから早くこっちの仕事を終わらせて、あっちに行って?」
「で、でも……」
「大丈夫。宇藤君が練習してきた姿、ずっと見てきたから、きっと挿せるよ。失敗してもいいじゃん、こんな機会、滅多にないんだから」
「そ、そうですよね」
宇藤君は小さく頷く。
「すいません、自分を試したいんです。あそこの輪の中に入って、力になれない確率の方が高いですけど……。足手まといでも、木山さんのために花を取るだけでも、やりたい気持ちがあります」
「うん、大丈夫。君ならできるよ。頑張って、宇藤君」
お互いに無言の中で台車に供花を載せ続けていく。宇藤君にできることは必ずある。失敗を続けていても、着実に一歩を踏み出すことができるのだから、必ず今日の仕事は糧になる。
三往復もすると、供花は全て会場に納まった。後はそれぞれの供花にポイントの胡蝶蘭を足していけば完成する。
宇藤君の背中を軽く叩くと、彼は頭を下げながら木山さんの所に走っていった。その姿に再び祐一の影を見る。
……きっと、祐一がここにいたら、じゃれ合うように一緒に走っていたのかもね。
祐一と宇藤君が笑いながら走っている姿を想像し目が潤む。それも叶うはずがないものなのに、私はその未来を願ってしまっている。
……もし彼が生きていれば、私はどっちを選んだのだろう。
答えのない夢を再び想像し、宇藤君の行方を見守る。彼が生きていれば、宇藤君はわが社に入っていなかったかもしれない。そうなれば、私は祐一だけを見て、祐一とこの会社で共に過ごしていただろう。
……なんで今頃になって、また思い出すのよ。
彼のことは吹っ切れているはずなのに、宇藤君が私の過去を引きずりだしていく。楽しかった思い出も悲しかった思い出も、全てしまっていたはずなのに、彼の一挙一動が私の心をかき乱していく。
……おかしいな、全然似てないのに。
「お待たせしました、木山さん。供花の搬入終わりました」
「おせえぞ、宇藤っ」
木山さんは厳しい視線を浴びせながらいう。
「じゃあ俺のラインの淵をマムで追ってみろ。少しでも俺のラインを崩したら、それで今日のお前の仕事は終わりだからなっ!」
「はい、一生懸命、頑張ります。ありがとうございます」
厳しい言葉を受けながらも、宇藤君は笑顔で対応する。飽くなき挑戦者であり続ける彼に、私の心はもう紅葉のように赤く染まってしまっている。
……これからも頑張ってね、宇藤君。
心の中で呟きながら、彼の行方を片隅にいれる。きっとこの気持ちはもう、変わりようがない。だからここを機に、さよならした方がいい。
……私にはもう、耐えられない。
この恋を叶えてしまっては私の身が持たない。彼の気持ちよりも自分の心が壊れてしまうからだ。
……やっぱり実家に帰ろう。やっと踏ん切りがつきそうだ。
強く決意を固めて彼を目から背ける。
大きな幸せは永くは持たない。失えば、必ず絶望に変わるのだ。
そんなこと、わかっていたはずなのに――。
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