第三章 紅葉綾灰 PART3

  3.


 元カレ・山猿祐一やまさる ゆういちと出会ったのは、8年も前のことだ。地元の合コンで出会い、彼はフリーターでありながら花屋である私の家で働き始めた。


 祐一は次第に花に興味を持ちつつも、葬儀の花祭壇に惹かれていった。そのまま武者修行として東京の会社に就職したのだが、交通事故に遭い、亡くなってしまったのだ。


 私は今の会社と連絡を取り合い、彼の葬儀に立ち合った。その花祭壇を見たおかげで、ミイラ取りがミイラになってしまった訳だ。



「秋尾さん、早く食べないと伸びますよ」



 宇藤君にせかされながら、蕎麦を啜る。少し前まではざるそばで済んでいたのに、熱い汁が恋しい季節に入ってしまっている。


「今日の業者さんは東京典礼さんですか。じゃあ、またあの新人君かな」


 宇藤君は受注書を確認しながら蕎麦を啜っていく。かつ丼も食べているのに、私よりも早く食べ終わりそうだ。


「ああ、春田はるた君ね。最近、担当を持てるようになったって喜んでいたよ。ついこの間入ったと思ったら、月日は早いもんだねぇ」


「そうですね」


 宇藤君は汁まで飲み干していう。


「あの人は本当に凄いスピードで仕事を覚えていきますね、持ち前の明るさもあるんでしょうが、上司もいいんでしょうね」


「うん、そうだろね」


 東京典礼の社長は兄貴分で、面倒見がいい。とりあえず任せる精神で、責任もきちんと取る。だからこそ下の子は迷惑をかけないよう、一生懸命に仕事を覚えていくのだ。

 

「自分も負けてられないですね。早く一人前になって超大型祭壇を挿せるようになりたいです」


「宇藤君なら大丈夫だよ、今のままいけばさ」



 ……私も入りたての頃は一生懸命だったな。



 夢を持ち、無我夢中で先輩達についていった。要領がいいと褒められながらも、天狗になっていった私は、途中で手を抜くことを覚え、今では器用貧乏になってしまっている。



 ……最初は不器用だったのになぁ。



 宇藤君の豪快な食べっぷりを見ながら、彼の成長ぶりを思い出す。誰よりも出来が悪く、背が高いことからでくの坊といわれていた彼が、今では花祭壇の副責任者を任されている。


 彼は常に向上心を忘れず、練習漬けだった。誰よりも朝早く来て、夜は一人、ぼろぼろになった菊を挿しながらラインの練習をしていた。


 先輩たちは宇藤君の姿を見て笑いながら馬鹿にしていたが、そんな彼らはもう本社にはいない。競争の激しいこの世界で、彼にプライドを根こそぎ奪われて、他の支社に移ってしまったのだ。


「御馳走様でした。さ、秋尾さん、早い所いって終わらせましょう」


「終わらせてどうするの?」


「そりゃ練習ですよ。技術検定試験も近いですし」


「そっか、もうそんな時期か……。頑張ってね、応援してる」


 彼のランクはBランクで、私はDランク。

 

 私は彼のように上昇志向もない。だからといって実家に帰るのも嫌で、常にアフター5は中途半端に時間が過ぎていく。


 ちなみに祐一は選定者でSランクに所属し技術指導課として新人に祭壇の教育をしていた。


「秋尾さんはもう受けないんですか?」


「んー、そうだね。現状で満足しちゃってるし。これ以上、覚えることが多くてもパンクしちゃうしね」


 東京は地元のようにのんびりと仕事はできない。常に時間に追われ、過酷を極めるため、自分にしかできないとプライドを持つ者しか生きていけない。


「宇藤君はAランクまで目指すの?」


「ええ、ひとまずは。その後は人に教えるSクラスの技術指導課を目指すつもりです」


「そっか、宇藤君ならなれるよ、きっと」



 ……彼の瞳には、きっと、私は映ってない。



 まっすぐに見つめられながらも、どこか遠くを夢見て笑う宇藤君に、私はため息をつきながら愛想笑いをした。

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