第三章 紅葉綾灰 PART3
3.
元カレ・
祐一は次第に花に興味を持ちつつも、葬儀の花祭壇に惹かれていった。そのまま武者修行として東京の会社に就職したのだが、交通事故に遭い、亡くなってしまったのだ。
私は今の会社と連絡を取り合い、彼の葬儀に立ち合った。その花祭壇を見たおかげで、ミイラ取りがミイラになってしまった訳だ。
「秋尾さん、早く食べないと伸びますよ」
宇藤君にせかされながら、蕎麦を啜る。少し前まではざるそばで済んでいたのに、熱い汁が恋しい季節に入ってしまっている。
「今日の業者さんは東京典礼さんですか。じゃあ、またあの新人君かな」
宇藤君は受注書を確認しながら蕎麦を啜っていく。かつ丼も食べているのに、私よりも早く食べ終わりそうだ。
「ああ、
「そうですね」
宇藤君は汁まで飲み干していう。
「あの人は本当に凄いスピードで仕事を覚えていきますね、持ち前の明るさもあるんでしょうが、上司もいいんでしょうね」
「うん、そうだろね」
東京典礼の社長は兄貴分で、面倒見がいい。とりあえず任せる精神で、責任もきちんと取る。だからこそ下の子は迷惑をかけないよう、一生懸命に仕事を覚えていくのだ。
「自分も負けてられないですね。早く一人前になって超大型祭壇を挿せるようになりたいです」
「宇藤君なら大丈夫だよ、今のままいけばさ」
……私も入りたての頃は一生懸命だったな。
夢を持ち、無我夢中で先輩達についていった。要領がいいと褒められながらも、天狗になっていった私は、途中で手を抜くことを覚え、今では器用貧乏になってしまっている。
……最初は不器用だったのになぁ。
宇藤君の豪快な食べっぷりを見ながら、彼の成長ぶりを思い出す。誰よりも出来が悪く、背が高いことからでくの坊といわれていた彼が、今では花祭壇の副責任者を任されている。
彼は常に向上心を忘れず、練習漬けだった。誰よりも朝早く来て、夜は一人、ぼろぼろになった菊を挿しながらラインの練習をしていた。
先輩たちは宇藤君の姿を見て笑いながら馬鹿にしていたが、そんな彼らはもう本社にはいない。競争の激しいこの世界で、彼にプライドを根こそぎ奪われて、他の支社に移ってしまったのだ。
「御馳走様でした。さ、秋尾さん、早い所いって終わらせましょう」
「終わらせてどうするの?」
「そりゃ練習ですよ。技術検定試験も近いですし」
「そっか、もうそんな時期か……。頑張ってね、応援してる」
彼のランクはBランクで、私はDランク。
私は彼のように上昇志向もない。だからといって実家に帰るのも嫌で、常にアフター5は中途半端に時間が過ぎていく。
ちなみに祐一は選定者でSランクに所属し技術指導課として新人に祭壇の教育をしていた。
「秋尾さんはもう受けないんですか?」
「んー、そうだね。現状で満足しちゃってるし。これ以上、覚えることが多くてもパンクしちゃうしね」
東京は地元のようにのんびりと仕事はできない。常に時間に追われ、過酷を極めるため、自分にしかできないとプライドを持つ者しか生きていけない。
「宇藤君はAランクまで目指すの?」
「ええ、ひとまずは。その後は人に教えるSクラスの技術指導課を目指すつもりです」
「そっか、宇藤君ならなれるよ、きっと」
……彼の瞳には、きっと、私は映ってない。
まっすぐに見つめられながらも、どこか遠くを夢見て笑う宇藤君に、私はため息をつきながら愛想笑いをした。
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