第三章 紅葉綾灰 PART2



  2.


「っていう夢を見たんだけど、どう?」


「あり得ませんね」


 宇藤君は車のハンドルを切りながら即答した。


「いつの間に僕らは付き合っていたんですか。一緒の部屋に泊まったこともないですし……。それに何ですか、夫って。元カレだといっていたじゃないですか」


「だってだって、そういった方が愛に重みが出るでしょっ。いけない恋に踏み込むことを躊躇するって、何かよくない?」


「よくないですね」


 宇藤君は汚れた犬を見るような目で私を憐れむ。


「秋尾さんが恋に溺れる姿なんて想像できません。お酒に溺れる姿は想像がつきますけど」


「うう、ひどい。私だって飲まなきゃ、やってられない日があるんだよ」


 嘘泣きを試みるが、彼には通じそうにない。観念して謝ると、彼は表情を変えずに頷いた。


「ほぼ毎日じゃないですか……、今日は勘弁して下さいよ。さ、着きましたよ。荷物を降ろしてお昼にしましょう」


 1トン車から回収してきた道具を取り出していく。庭用の提灯ちょうちんに、6尺テーブルを引きずり出し、屏風びょうぶを抱え込む。回収した花達を台車に載せると、指示者の高木たかぎさんから声が上がった。


「お帰り、秋尾ちゃん。今のうちに宇藤君とお昼に行ってきてね。急遽、新しく仕事が入ったから、そこにまた宇藤君と行って貰うから」


「了解です。今度はどちらに?」


落合おちあい斎場ね。15時施行だから、一時間ちょっとしかないけど、大丈夫よね?」


 受注書を渡され確認を施していく。この分量ならお釣りがきそうだ。


「大丈夫ですっ。40分で終わらせて見せますよ」


 私が笑顔を見せると、彼女は微笑んだ。


「うん、それじゃお願いね。今のうちに荷物載せておくから、行ってらっしゃい」


「じゃあ、宇藤君、一緒にご飯食べに行こう」


「うす」


 手の空いた者達が車の中に再び、祭壇の花と新たな道具が載っていく。その姿を見ながら、私達は受注書を片手に会社の外へ出た。


「何にする、宇藤君?」


「秋尾さんが好きなラーメン以外なら何でもいいです」


「ええー、ラーメン美味しいじゃない」


「いつもラーメンだったらさすがに飽きますよ。今日は蕎麦にしましょう」


「えー」


「そんなこといってると、また太りますよ」


「太ってないよー、失礼だなぁ」


 そういいながらもお腹を擦る。最近、肉つきがよくなってきている自信がある。30代にも入ると、ダイエットの効果は乏しいのだ。


「はいはい、行きますよ。蕎麦でもいいですよーだっ」


 宇藤君の後ろ姿を眺めながら後を追う。



  ……いつの間にか、追い抜かれちゃったな。



 4年もここにいるのに、たった2年の彼に花の技術を抜かれ主導権を握られている。


 そのひたむきな姿に、昔の元カレを思い出す。


「ってあれ、宇藤君。歩くの早すぎるよ」


「先輩が遅いんですよ。早く食べて次の施工に行きますよ」


 彼の姿が交差点で消えていく。店の位置はわかっているのだから、迷うことはないけれど、駆け足で行かないと彼に追いつかない。



「ええー、ちょっと待ってよ、ね、宇藤君っ」

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