第三章 紅葉綾灰(こうようりょうばい) 秋尾朱優(あきおしゅう)編

第三章 紅葉綾灰 PART1



  1.



 ……いつからだろう、あなたの指が綺麗だと気づいたのは。



 黒く染まり汚れが落ちない彼の右手を見て、私の心は引き戻せないほど、惹かれていた。花を扱いぼろぼろになっていく彼の手に、狂おしいほどに魅力を感じてしまう。



 ……もう恋はしない。したくない。自分が辛いだけだとわかっているのに。



 仕事に生きると決めたのに、彼の声が私を惑わせる。あんな悲しい思いを二度とするのはごめんだ。だからこそ、私は地元を離れ、ここに来たというのに。



「ねえ、宇藤うどう君。私ね、地元に帰ろうと思うの……」



 夜風を浴びながら彼に微笑む。ホテルの一室からたなびく風が、鈴虫の音色を載せてこの空間にこだまする。



「私はもう、誰も失いたくないの。この職場に来たのだって、祐一ゆういちがいたから……」



 宇藤君といると私は駄目になってしまう。死に別れた夫に重ね合わせてしまい、素直に見ることができない。



「いいんです、僕は代わりでも……。あなたの傍にいれるのなら……」



 彼は困った表情を見せながらも、ただ静かに私を見てくれる。その優しさが辛い。



 これ以上、一緒にいる時間は耐えられない。



 息のできない恋はもう、終わりにしたい――。



「だからさ、私達……今日限りに、しよ?」


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