第三章 紅葉綾灰 PART4

  4.



「よし、始めちゃおう。宇藤君」


 15時に時計針が辿り着いたのを確認し、斎場の中に荷物を運んでいく。三脚を立てバックスクリーンを張り巡らせた後、上段のテーブルのセンターを合わせる。この段階で、全ての段取りが決まってしまう。


 動線を確保しながら、故人の遺影写真を額に納め、取り付ける。上段の花を載せ中段の供物台のテーブルを組み立てると、横にいる宇藤君は自慢の怪力でどんどん供花を搬入していく。



 ……立派になったな、宇藤君。



 彼の成長を見届けながらも寂しさを覚える。施工の熟練度は経験で決まる。いくら不器用だった彼でも持前の努力で、私と同じスピードで施工ができるようになっている。



 ……これじゃあもう、先輩風も吹かせられないな。



 順当に施工が組み上がっていくのに、私の心は緩くゼリーのように崩れていく。臆病で遅かった彼の手が今では頼もしく、複雑な感情を覚えてしまう。



「やっぱり秋尾ちゃんは早いなぁ、まだ30分しか経ってないのに、もう出来上がちゃったねぇ」



 東京典礼の村岡社長が微笑みながら声を上げる。

 

「ありがとうございます。宇藤君がいるからですよ」


「うん、宇藤君も頼りになるねぇ。仕事がなくなったら、いつでもうちは待ってるからね」


 そういって社長は大声で笑う。彼がいうと冗談に聞こえないが、自分達の腕を買ってくれているのは嬉しい。


「自分が入る隙間なんてないですよ。新人の春田さん、ばりばりこなしているみたいじゃないですか」


「うん、そうなんだよ。今日も打ち合わせに一人で行ってくれてね。もう僕が教えることはほとんどないんだよねぇ」


 そういって社長は遠く見つめながら声をひそめる。


「どうしたんですか? いいことじゃないですか」


 尋ねると、彼は腕を組んで眉を寄せた。


「もちろんいいことだよ。でも、彼みたいなタイプは勢いがつき過ぎちゃうからね。何か大きな失敗があった時に、落ち込みそうで怖いんだよねぇ」



 ……わかる気がする。



 心の中で頷く。要領がよすぎると、皆に信用され手を離れていく。その時に起こった失敗をフォローする人はいないのだ。


 そして次第に踏み込む勇気を失っていく――。



「あまりに出来がよすぎると、返って不安になっちゃう奴ですか?」


「そうなんだよ。宇藤君もそうだったんじゃない?」


「いえ、自分は要領が悪いので……」


 宇藤君は小さく首を振る。


「ミスする度に秋尾さんに助けられてきました。今の僕があるのは秋尾さんのおかげです」


「目の前にいるのに、それいっちゃう? 愛されているねぇ、秋尾ちゃん」


 社長がにやにやしながら私を見るが、反論できない。嬉しくて口元が緩んでしまうからだ。


 いつもお世辞をいわないくせに、こういう時に不意打ちされると、何といっていいかわからくなってしまう。


「う、宇藤君のくせに、生意気だよっ」


「本当のことをいったまでですよ」


 そういって彼は涼し気な瞳で私を見る。おどけているのか、それとも私を試しているのかさえわからない。


「うう、そんなこといってないで、早く順番決めるよ」


 全ての供花を並べ終え、名札を並べていると、後ろからすいません、と声を上げる者がいた。


 振り向くと、そこには噂の新人君が汗を掻いたまま立っていた。



「しゃ、社長、やばいです。おおごとになりました……た、助けて下さい」

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