第二章 一蓮託唱 PART15

  15.



 火葬場に辿り着くと、すでにおばあちゃんの棺は霊柩車から降ろされ、火葬場に搬入されていた。


「それではこれより、故・源恵美さんの火葬を執り行わさせて頂きます」


 火葬技師である火夫かふさんの言葉を皮切りに、おばあちゃんの棺が火葬炉の中に潜っていく。


「それでは皆様、二階の和室にてお料理を準備しております。そちらでお待ち下さい」


 遺族の方達は、村山社長の言葉によって席を離れていく。だが私は彼にお願いをしなければならない。



「あの、すいません……ここで故人様が焼けるまで見届けたいのですが、駄目でしょうか?」



「できないことはありませんが……どうかされました?」


 冷徹な視線を投げかけられ、身が竦む。


 だがここで逃げるわけにはいかない。


「彼女の最期を見ていたいんです。なるべく邪魔にならないようにしておきますから」


「……わかりました。ただ大きな声は出さないで下さいね。こちらも集中してやらなければなりませんので」


「ありがとうございます。お気遣い、感謝します」


 火葬炉に火が付くと、彼は淡々と鉄の棒を動かしながら、炉の中を覗いている。まるでピザを焼いていくかのように、作業が淡々と進んでいく。


「お嬢さん、お一つ訊いてもいいですか?」


「はい、何でしょう?」


「お嬢さんは故人様の娘さんじゃないんでしょう?」


「ええ、そうです」


 私は返事を重ね、ここに辿り着いた心境を吐露した。


「実は故人様に私の祖母を重ね合わせていました。法要をやらせて頂いたのですが、一人弔い客として、純水に立ち会いたかったのです」


「なるほど……住職さんでしたか」


 そういって彼は静かに目線を炉の中に移した。


 再び部屋の中に沈黙が訪れる。



「……職員さん、もう一つだけ、お願いをしてもいいですか?」



「ええ、きける内容であれば」


「少しだけ、泣いてもいいですか? 声は上げませんから……」


「……ええ」


 冬野さんの了承を得て、先ほどまで我慢していた心がゆっくりと解かれていく。



「寂しいよ、おばあちゃん。いなくなったら嫌だよ……」



 受け入れなければいけないことはわかってる。だけどたった二日の儀式で、忘れられるほど、軽い思いでもない。


「もっと色んな話がしたかったよ、もっともっと、おばあちゃんの話が聞きたかったよ……」


 仕事の話だけでなく、もっと明るい話で盛り上がりたかった。口が悪いけど、素直に思ったことを何でもいってくれるおばあちゃんに、もっと正直に思いを打ち明けていればよかった。


「どうして病気のことを隠していたの? いつも嘘をつくのが下手だっていってたじゃない……最後まで嘘ついてお別れするなんて、嫌だよ……」


 後悔しても仕方がない。だけど、後悔すらしなかったら、この思いは昇華できずにずっと燻ぶり続けていただろう、祖母の時のように――。



 私はもう、後悔することを後悔しない。



 今だけは精一杯、後悔だけを、しよう――。



「笑顔でお別れできなくてごめんね、今の私にはまだ無理みたい。これが本当の私の気持ちだから、隠さないよ……」


 涙が頬を伝う。こみあげる気持ちに体が小刻みに震える。けど心だけは楽になっていく。


「すいません、取り乱してしまって……」


「いえ、構いませんよ」


 職員さんは冷静に告げる。


「前にも一度、同じようなことがあったんですよ。その方は大声で泣いていて、それはもう大変でした。何せ大の男でしたから」


「そうだったんですね」


 見知らぬ男性に親近感が湧いていく。彼もきっと、同じように秘めた思いがあったのだろう。


「その人もあなたと同じように、お仕事で葬儀に参加できずに、火葬炉に立ち会いに来ていました。身内ではないのにおばあちゃんのように慕っていたみたいです。住職さんだったから、余計に思い入れがあったのかもしれません」


「え? もしかして、それって……5年ほど前のことでは」


「ええ、そうです。ご存じでしたか」


 職員さんはゆっくりと帽子を脱いで続けた。


「一つの蓮を託すために人は生きるのだと、教えられたそうです。その言葉にえらく感動したようで、生き方が変わったと仰ってました。お二人とも、同じだったようです」


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