第二章 一蓮託唱 PART14

  14.


 

 予定通り告別式を終えて、お別れの儀へと入る。おばあちゃんの棺は秋尾さんの花もぎによって夏の花で埋まり、喪主である息子さんが最期の挨拶を述べていく。



 ……これで本当に最後なんだな。



 向日葵に囲まれた源のおばあちゃんを見て思う。彼女の後には、まだお盆の法要が待っている、火葬場に向かうことはできない。



 ……やるべきことは果たしている、なのに、どうしてこんなにも切ないのだろう。



 何の滞りもなく仕事を終えたのに、心にぽっかりと穴が空いている。夏はまだ始まったばかりなのに、終わりを迎えたような喪失感が胸の中で漂うばかりだ。


「それでは故人様はこれから町屋斎場へと向かわれます。どうぞ、皆さん、お乗り下さい」


 春田さんの誘導でバスと出棺車が動き出していく。その姿を目で追っていると、心の中で止まっていた感情が溢れてきた。



 ……ああ、本当の私はまだお別れできていないんだ。



 仕事としてではなく、一人の弔い客としておばあちゃんに立ち会っていない。純粋に弔うことしかできない、立場で火葬場に向かいたいのだ。


黙ってバスを見送っていると、祖父が私の背中を叩いた。



「お前も早く着替えて一緒に行ってこい。早くしないとバスが出るぞ」



「え、でも次の法要の時間に……」


「いや、大丈夫だ」


 祖父はバスの方を指差していう。


「昨日檀家さんに尋ねたらな、明日でもいいといってくれたからな。本当は行きたいんだろう?」



 ……行きたいよ。



 でもそれは私の立場としては無理だ。寺の顔として、私はこれからもこの仕事を続けていかなければならない。そのためには、本当の感情を出すことはできない。


「私は大丈夫……まだ片付けだってあるじゃない」


「気にしなくていい。後はわし達がやっとくからな」


本堂を見ると、春田さんと秋尾さんが片付けながら、手を挙げている。


「大丈夫ですよ、夏川さん。気にせず行ってらっしゃい」


「そうだよっ! きっとおばあちゃんもなっちゃんのこと、待ってるよ!」



 ……でも、あそこに行ってしまったら、私はきっと泣いてしまうだろう。



 おばあちゃんの姿を思い出して、私はまた――。



「よく頑張った。辛かっただろうに、最後まで成し遂げた。だから最後くらいは……喪服で行きなさい」


 祖父は照れながらも鼻を擦る。


「次はもう、繕わなくていい。純粋に、源のおばあちゃんを弔ってこい」


「本当に……いいの?」


「ああ、当たり前じゃないか。儂らの分まで頼んでもいいか?」



 ……何なんだろう、この感情は。



 心の中から秘めたエネルギーが沸いてくる。


 本当の悲しみを私は知りたがっている。


仏の道も伝統のある正しいことだ。輪廻転生をする故人達に、笑って見送れるようにすることも大切なことだ。



 だけど、本当の私は……さよなら、といいたい。



「……ありがとう、おじいちゃん。それに春田さん、秋尾さんも。すいませんが、よろしくお願いします」

 


……ただ、立ち会えるだけというのに、なぜこんなにも嬉しいのだろう。



喪服に着替えてバスへ向かう。 これから火葬場にいっても、私にできることは何もない。だけど、のだ。


 人の死に、何もできない無力感を味わいたい。できないことを噛み締めて、精一杯に故人に対して熱く感謝したい。


 お経を唱えたという達成感よりも、故人のことを深く見届けたい。



、人は純粋に祈ることができる。



こんな当たり前のことを、私は忘れていた――。




「きちんと最後のお別れに行ってきます。本当にありがとう、おじいちゃん」

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