第二章 一蓮託唱 PART13

  13.


「私のおばあちゃんが春田さんのお兄さんと?」


「ええ、今日のご宗家さんからお話を聞きました。といっても大した話ではないのですが……」


 そういって春田さんは話を始めた。


 今日の宗家様の結婚を取り仕切ったのがお兄さんで、場所を花火会場で取り仕切っていたそうだ。その時に、組合の理事も兼ねている祖母と話をしていたらしい。


「もう5年も前のことになるみたいです……僕の知らない所で兄貴は色々と動いていたんだなぁと思うと、感慨深いです」


「確かに、人の縁は知らずとも色々な所で繋がっていくものですね……」


 5年前、祖母が亡くなった年だ。彼のお兄さんは私の祖母とどんな話をしたのだろうか。


「先日、春に行われた葬儀を覚えていますか? 僕とあなたが初めて出会った時の……」


「はい、覚えています」


 組長さんの盛大な葬儀だった。うちの寺を指定してくれたのは、昔から檀家としてお互いにいい関係にあったからだ。


「その故人様のご宗家の所に挨拶に行った所、『桜花乱満』という言葉がありました。それは故人様が作ったのかと思っていたのですが、それがなんと夏川さんのおばあ様が書いたものだと……」


「ああ、やっぱり……」


 聞き覚えがある。祖母は四字熟語に凝っていて、意味を込めて作っていた。


「それって、桜の花は乱れながらこの世を満たす、という意味ですか? 死に行く者でも、その人の教えはこの世を満たしていくと聞いております」


「ですです、それで間違いないですね」


 春田さんは頷きながら答える。


「おばあ様は季節の言葉を当て字に使って、色々な言葉を作っていたそうですね。それで兄貴の部屋を探った時のことを思い出したんです、そこには『一蓮託唱』という漢字があって……」



 心臓が大きく高鳴る。まさしく自分が探していた言葉だ。それが春田さんのお兄さんの所にあったということは……。


「他に、何か書いてありませんでした?」


「すいません、それしかなかったと思います。詳しく調べてみないとわからないですが……」


 春田さんは頷きながらも、申し訳なさそうに頭を屈める。


「夏川さんなら、わかるのかなと思い、尋ねてみたかったんです」


「すいません、私もその意味を探っているんです。この5年間ずっと……」


 思いを口にしていく。


「5年前、祖母はその言葉を書き残して、亡くなりました。祖父に聞いても、知らないの一点ばりで、教えてくれないのです」


 祖母に思いを寄せながらも、春田さんのお兄さんについて考える。二人ともエネルギーに満ちていたから、話が合ったのだろう。きっと言葉で彼らは繋がっていたのだろうと予測する。


「そうでしたか……でも、これでまた夏川さんと一つ共有できて嬉しいです」


 春田さんはにっこりと微笑んだ。


「今までは人との縁なんて偶然だと思っていました。でも今日みたいに自分の意思で動いた行動が繋がるのは偶然ではなく、必然だったのかなと思います」


「そうかも、しれませんね」


 未だ見たことがない彼の兄を想像して納得する。忙しく働く人ほど、縁を大事にし人間としての感覚を大切にする。祖父母も人の文句などいわず、人のために、仕事を尊重してきた。



 ……私にも、できるだろうか。



 祖母の思いを受け取っていくことができるだろうか。できていけば、彼女が見た世界を体感し、理解できるようになるだろうか。


「やはりこうやって考えていくことが次に繋がっていくんでしょうね」


 心に浮かんだ言葉を呟いていく。


「当たり前にこなしているだけではきっと、出会わなかったんでしょう。私達も、私達の大切な人も。思いがあるからこそ繋がることができた、これは本当に大切にしなければならないものだと思います」


「そうですね。本当にそう思います」


 春田さんにも笑顔が蘇っていく。きっと全ては一つの道になるのだろう。様々に絡まっているけれど、人の思いは一つなのだから。



 ……きっと、いつか辿り着ける。この道を進んでいけば、きっと。


 

 そう確信できるものがある。答えはわからないが、進むべき道はわかった。今はそれで十分だ。


「御馳走様でした。春田さん、また行きましょうね」


 食事を終え、スマートフォンを取り出すと、彼は驚きながら私の方を見た。


「どうしたんですか?」


「いや、先ほども見せて貰って驚いたのですが……お坊さんでも、スマホなんですね」


「ひどい、私だってまだ若いんですからね」


 意地悪を込めて緩く睨むと、彼は大慌てで平謝りしてきた。


「すいません、すいません。失礼な言い方をして、ただ、なんとなく新鮮だったものですから……」


「そんなこという人とは連絡先、交換しませんよ?」


「え? 交換してくれるのですか?」


 春田さんの驚く顔に驚く。


「ええ? だって、連絡先を知らないとお友達になれないじゃないですか」


「そ、そそ、そうですね。じゃあ……」

 

 そういって春田さんは携帯電話を覚束ない手で取りだすが、何度も滑らせてテーブルの上に落とす。


 ……意外に照れ屋なのかな。


 連絡先を取り入れると、春田さんは再び念仏を唱えるように独り言を漏らし始めた。だが、そろそろ帰らなければ明日に響いてしまうだろう。


「では、春田さん。また明日の告別式でよろしくお願いします」


「ああ、はい……」


 ファミレスから出て別れると、彼は何度も頭を下げながらこっちに手を振ってきた。本当にエネルギーに満ちた人だ。



 ……彼と一緒なら、たどり着けるかもしれない。



 この道は一人で進むものだと思っていた。だが自分を信じてくれる者がいるのなら、私はもっと前に進むことができるような気がしてしまう。



 ……明日も頑張ろう。応援してくれる人のためにも。おばあちゃんのためにも、息子さんのためにも、そして……私のためにも。



 緩い風を浴びながら帰ると、母親の美味しそうなお汁粉の甘い匂いがした。源のおばあちゃんのものとは違うけど、必ず私を元気にしてくれる。


 お母さんにしか作れない、特別なぜんざい。


「おかえり、菜月」


「ただいま、お母さん」

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