第二章 一蓮託唱 PART12
12.
「えっ?」
「ずっと、あなたに会いたかったんです。春にあなたの読経を聴いてから、ずっと、あなたと話がしたかった」
真剣に見つめてくる春田さんに戸惑う。
「それって……」
「そういう意味です」
春田さんは表情を変えずにいう。
「いきなりだって思うでしょう? 僕もそう思います。たった二回しか会ってないのに、夏川さんのことを全く知らないのに、と。でも、本心です。これだけはいいたかったんです」
言葉を失い茫然としている私に、春田さんはすいません、とテーブルに両手をついて謝った。
「もちろん付き合ってくれなんていいません。ただあなたの人柄と、生き方に心を打たれてしまいまして……僕も強くならなければならない、夏川さんを見習おうと思っています」
「そんな、人の見本になる生き方など、できていません」
心臓の鼓動音が耳元で鳴り続ける。
「私も春田さんのように堂々といえるようになりたい、意思を強く持って生きたいと思っています。でも、あなたに対して……」
好きという感情はわからない。私の中で家族愛はあるが、男性に対する気持ちというものは育まれていない。
恋を知る余裕はなかった、自分自身で手一杯だからだ。
「いいんです、それこそ嫌いになって貰っても構いません。ただここでいわないと後悔しそうな気がして……思いの丈をぶつけてしまいました、すいません」
「いえ……」
沈黙が訪れ、乾いたクーラー音だけが辺りをこだまする。昼の騒音が影を潜めているだけで、夜の静寂が一層心に沁みていく。
……そんな顔もできるのね。
普段は真面目一徹の彼の表情が真っ赤に染まっていく。やっと今になって、自分がしたことを認識できているのだろう。
「突然のことで驚きましたが……嬉しいです」
春田さんに聞いて貰えるよう、ゆっくりと告げていく。
「これだけ思いを正直にいってくれる人は初めてでしたから……本当に、嬉しかったです。私もあなたのことが……いいなって思ってたんです」
「え?」
春田さんの表情が大きく変わる。だが受けた側はきちんと答える義務がある。誠意には誠意を持って返さなければならない。
「今日、お茶を持ってきてくれた時、本当はここから逃げ出してしまいたかった……。祖母から逃げない、そう決めたのに、心がまた揺らいでいたんです。でも……」
二度目の出会いでも、安心感をくれた。それは彼の人柄だろう。春田さんの変わらない熱い思いを知って、共感して、彼と共になら前に進めると思ったのは本当だ。
「あなたが勇気をくれたから、乗り切ることができました。春田さん、本当にありがとうございます」
「いえいえ、そ、そんな……ただ僕はお茶を持っていっただけで……」
きっと春田さんにとっては何気ないことだったのだろう。だがそれこそが私には最も必要なことだった。
何気ない仕事の一部が私の世界を切り替えてくれたのだ。
「ですので……よければですが……お友達から、始めてみませんか? 私も春田さんのこと、もっと知りたいです。お兄さんのことも……」
「いいんですか? 本当に。こんな僕で……?」
「ええ、もちろん。こちらからもお願いします」
笑顔を見せると、彼は再び耳まで赤くして目を伏せた。耳元から彼の心まで見えてしまい、ふと気が抜けていく。
「あ、ああ、は、はい……あ、ありが、とうございます」
春田さんは目を伏せたまま、頭を何度も下げ始めた。
「こ、こんなことが起こるなんて……何ていっていいか、わからないですけど……生きててよかった……」
「大げさ過ぎますよ、それくらいのことで」
仮にもし、彼と付き合うことになったらどうなってしまうのだろうか、と頭によぎる。
「いえ、僕にとっては人生で一番重要な場面です。兄のことよりも……ずっと」
……そんなこというと、浮かばれませんよ。
心の中で突っ込みながらも、彼に尋ねていく。
「……そういえば、お兄さんの話があるとお聞きしていましたが……」
「ええ、そうでした。兄貴の話を少ししたくて、今日はお誘いしたんでした」
春田さんはそういって、一つ咳を切った。
「話がそれましたが、一つお話したいことがありまして……実は兄貴があなたのおばあ様と面識があったようなのです」
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