第二章 一蓮託唱 PART6

  6.



「お久しぶりです、春田はるたさん」


 頭を下げると、春田さんは頭を掻きながら嬉しそうに微笑んだ。


「お、覚えていてくれたんですかっ! いやー、嬉しいな、感激ですっ。感無量ですっ!!」


「いえ、そこまで仰られなくとも……」


「夏川さんに覚えていて貰えているか不安だったんです。でも、よかったっ。あー本当によかったなぁ! ははは!」



 ……忘れられるはずがない。



 底抜けに笑う春田さんを見て思わず口元が緩む。春に出会った時、彼の叫びを聞いて心を掴まれなかった者はいないだろう。兄の死を振り切るため、また真実を知るために葬儀場に身を置くことなど、きっとできる人は少ない。



 ……私も、同じかもね。


 

 心の中で呟く。祖母の生きている時の答えを知るために寺に仕えることを決めたのだ。彼に対する親近感が増していく。


「夏川さん、ご用件をお伝えしても?」


「もちろん構いませんよ」


 私の返事を皮切りに、春田さんは真面目な顔に切り替えた。


「お身内様は一時間後に入って頂く予定です。それから今日の通夜ですが、18時とさせて頂いておりますので、開式30分前にはこちらにいて下さい。今日のご宗家様は家族葬という形を取るようでして、椅子を30ほどお借りして……」


 彼の業務内容を聞きながら驚く。新人とは思えないほど細やかで、仕事の要領を得ている。


 ……覚悟が違うのかな。


 未だ迷っている自分と彼を対比させる。大切な仕事だと理解していながらも、臆病な自分を切り離すことができないでいる。


「……という内容になっておりますが、何か不明な点はあるでしょうか」


「いえ、ありません。ぜひ、よろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします」


 春田さんの丁寧なお辞儀を見て心が引き締まる。源のおばあちゃんのためにもきちんとしたお通夜をしなければならない。


「……凄いですね、春田さん。もう新人さんだなんていえませんね」


 きっと予め、予習してきているのだろう。春田さんがここに来たことはない、それでも業務内容を把握しているのは先輩から情報を得て考察してきているに違いない。


「いえいえ、いつもはミスばかりですよ。ホールでするお客さんばかりではないですから、忘れ物もしょっちゅうですし。今日は夏川さんにいい所を見せたくて、徹夜してきたんです」


「え?」


「いえいえ、徹夜したといっても、朝の3時くらいまでですけどね。ちゃんと寝てますよ、ははは」


 ……ナチュラルハイというやつだろうか。


 春田さんの目元を観察する。確かに目の下には隈ができているし、どことなく背筋も曲がっているような気がする。だが底抜けに明るい声のせいで自信が漲っているように錯覚してしまう。


「大丈夫です。昨日、夏川さんのおじい様と打ち合わせをして念入りに確認させて頂きました。何でも任せて下さいっ。何か困ったことがあれば……何もなくてもいいです、僕に、あなたの全てを、任せて下さいっ!!」



 ……やっぱり敵わないなぁ。



 彼の気迫に満ちた表情を見て再び心を打たれる。きっとこの人のような情熱が私には足りないのだ。


 全てを投げうつ、炎のようなエネルギーが――。


「はいっ、ありがとうございます。嬉しいです、私にできることがあったら何でもいって下さいねっ」


 笑顔で頷くと、彼は両眼を大きく開けて私の顔をじろじろと見た。


「え、本当にいいんですか? 僕でいいんですか?」


「ええ、構いませんけど」


「本当ですか!? じゃあ今日の夜、一緒にご飯なんてどうです? 実はお話したいことがありまして……兄貴のことで実は……」


「すいません、夜は弟がいるもので……」


「で、ですよね。すいません、少しはしゃぎ過ぎました……」


 ……一体どうしたというのだろう。


 仕事の話をしていたら、食事に誘われている。もしかすると、何か相談事があったのかもしれない。


「お食事はまた今度ということで……今日は夏川さんにきちんとおもてなしをさせて頂きますからね」


 彼はそういいながら湯呑みを取り出した。


「今日は僕がお茶を淹れますからね。美味しく淹れられるよう、練習してきましたので、是非、ご賞味下さい」



 ……この間の約束、覚えていてくれたんだ。



 口元が自然と緩み、春田さんとの休憩所でのひと時が蘇る。研修初日の彼にお茶を振る舞ったことを、未だ覚えていたのだ。



「ありがとうございます、春田さん。是非ごちそうになりますねっ」

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