第二章 一蓮託唱 PART7

  7.



 本堂をすみずみまで綺麗に掃除して宗家を待っていると、各業者が納品するために車を次々と止めていった。


「お疲れ様でーす、返礼品屋でーす」


「料理屋でーす」


「果物屋でーす」


 様々な品物が春田さんの合図でてきぱきとあるべき所に置かれていく。


「お、社長も来ましたね」


 納棺された車が駐車場に入ると、合わせて遺族の車が止まった。



……今度ばかりは悲しいお通夜になるだろうな。



遺族の心境を察して心を痛める。おじいちゃんの場合は兆候があり、老衰ということもあって告別式には穏やかな表情が浮かんでいた。


だが今回は――。



「再びよろしくお願いします、夏川さん」


「こちらこそ、よろしくお願い致します」


息子さん夫婦は冬に出会った時と同じ厚手のスーツを着込んでいた。きっと礼服を準備する暇すらなかったのだろう。


「まさか父の法要の後に母の葬式になるなんてなぁ。本当にこういうものは続くんですね」


「……お悔やみ申し上げます」


 頭を下げると、彼は涙を見せながら私の手を取った。


「でも……最期にあなたに会えて母もよかったと思います。どうか、手厚くお願い致します」


「……はい、こちらこそよろしくお願いします」


 頭を下げると、まだ小さいお孫さんが霊柩車に向かって駆け出した。



「おばーちゃんだけずるいなぁ、私もこっちがよかったなぁ」



美来みく、こっちに来なさい。お仕事の邪魔になるでしょ」


 美来ちゃんは母親の言葉を受けながらしぶしぶ手を引かれていく。バックドアを開けると、そこには滑らかで美しい檜の棺があった。それを大村社長と春田さんが二人で抱えて本堂へ向かっていく。



 ……あの中におばあちゃんがいるんだ。



 そう思うと今すぐに駆け出したくなるが、中を見て現実を知るのも怖い。彼女の姿を見たら受け入れるしかないからだ。



 死を受け入れたら、きっと私の心はまた一つ、風化していく。それがたまらなく怖い……。



「ではご遺族の皆様、こちらに足をお運びして頂いてよろしいでしょうか」



 社長の声を皮切りに遺族が進んでいく。半年前に見せた穏やかな表情とは変わって何も浮かんでいない。きっと様々な葛藤が脳裏をよぎっているのだろう。


「ナツ、戻っていたか。こっちに来なさい」


 祖父が離れから私を見つけて手を拱く。


「そろそろ準備をしなさい。いくら親しくしていたとしても、宗家の方にもきちんとした格好で出迎えないと……わかっているな?」


「うん、わかってる……ごめんなさい」


 着替え室に入ると、再び手が震えていく。彼女の位牌を書き終えたら、彼女の死がまた進んでしまう。



……覚悟をもたなければ。



今までにだって知人の立会いはあったのだ。ただ今回は生前に会っていて、それが急に別れることになっただけ。



……静おばあちゃん、怖いよ。



亡くなった祖母を思い、無意識で縋る。彼女が倒れた時も私は目の前にいたのだ、その場で意識が朦朧とし、気がついた時には彼女の死に目に会うことができなかった。


今回こそ、あの時のような後悔だけはしたくない。


 でも、でも――。



……私はどっちを弔えばいいの? 源のおばあちゃん、それとも静おばあちゃん?



後悔が懺悔に変わり、贖罪へと変わっていく。ここで逃げることはできない、私のはいないのだ。



心臓の鼓動が加速し続ける。息がしにくい、身体中の筋肉が強張っていく、誰か、誰か、誰かこの現実を止めて――。



この現実を、誰か――。



震える両手をさすっていると、襖を叩かれる音がした。


「失礼します、夏川さん! お茶をお持ちしましたよっ」

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