第二章 一蓮託唱 PART5
5.
法要を終えて寺に戻ると、花屋さんの1トン車が止まっていた。そこには東京花壇と書かれており、荷の中はすでに空っぽになっていた。
……
知り合いの花屋さんを想像し、本堂に入る。中にはすでに祭壇が組み込まれており、源のおばあちゃんの笑顔が写っていた。これが現実なのだと意識の線が朧げに繋がっていく。
……おばあちゃんはもう、この世にいないのね。
親しい人が一人消える毎に、どうしてこんなにも空虚な気持ちになるのだろう。悲しみを覚える毎に鈍感になるはずなのに、私の心はさらに鋭利に尖っていく。
――ナツ、ごめんね。あんたは好きな仕事に就きなさい。
亡くなった祖母の幻影が頭の中で蘇る。祖母の声が、祖母の泣き顔がくすんでいく。
――
……いけない、このままじゃいけない。
頭の中を振り払い、深呼吸をする。諸行無常の心で、人の死を受け入れていかなければならない。死は特別なものじゃない、当たり前のものだ。
人の死に慣れなければ仕事にならない。
「菜月ちゃん、法要お疲れ様。冷たいのと冷たくないの、どっちがいい?」
秋尾さんが両手にお茶のペットボトルを持ってきて私に見せてくれる。
「あ、お疲れ様です。じゃあこっちを頂きます」
常温のペットボトルを掴み一口だけ含む。今日最後の法要所でも頂いたのだが、彼女なりに気を利かせてくれたのだろう。
「もう祭壇組み上がったみたいですね。いつも早いですよね」
「ほ、褒めても何もでないからねっ」
秋尾さんは顔を真っ赤にして手を振る。
「いえいえ、もう頂いてますのでお世辞ではないですよ」
「あ、そっか。もうお茶は出しちゃったんだった……」
そういって彼女は冷えた方のペットボトルの封を切って恥ずかしそうに口に含んだ。
……可愛いなぁ。
年上なのに可愛らしい彼女の姿を見て、微笑ましい気分になる。
秋尾さんは葬儀の花屋で勤めている。生け花教室が縁で、仕事だけでなくプライベートでも仲がいい。
「今日、
「いないよ、他の現場に行ってるの。だから今日の施工と花挿しは私がしたんだ」
「そうなんですね。向日葵の花、とってもいいですね」
遺影写真の上段に向日葵の花が一色で埋め尽くされている。顔の大きいものと小さいものがランダムに出ておりエネルギーに満ちている。
「
「ありがとう。褒めてもこれしか出ないからねっ」
そういって秋尾さんはポロシャツの胸ポケットから塩飴を取り出した。
……まだ出るんだ。
心の中で突っ込みながらもありがたく頂く。
「葬儀者さんは今、看板貼りに行ってるから、もう少ししたら戻ってくるよ」
「そうなんですね。ああ、秋尾さんにお願いがあるんですが……」
そういうと彼女は親指を立てて私の言葉を遮った。
「うんうん、今日の生け花教室の件でしょう? 花材はよかったら私が引き取るよ。こればっかりは仕方ないからね」
「すいません、いつも準備して頂いているのに……」
「んーん、そんなことないよ。これは菜月ちゃんにしかできないことなんだからさ、頑張ってよ」
――菜月。これがお前の仕事だ。
昨日の祖父の言葉が蘇る。この仕事を自分で選んだのに、どこか遠くから見ている自分がいる。おじいちゃんの激励がなければ、今こうやって彼女の写真すら見ることができなかっただろう。
……おばあちゃんの通夜が始まり、別れが近づいていく。これは避けられないことなんだ。
改めて写真を見ると、少しばかり若くなっている気がした。きっと一番状態がいいものを選んだのだろう。身近な人の死は臨場感がなく、現実味がない。心ばかりが体から離れていき、虚ろな気分になっていく。
「秋尾さん……実はこの方、親しくして下さった方なんです」
彼女に思いを告げていく。
「ですので、秋尾さんにお花を挿して頂いてよかったです。改めてお礼をいわせて下さい」
「そっか、これからが大変だね……」
秋尾さんはそういいながらもお辞儀をする。
「こちらこそありがとう。そういって貰えると、私もまた次の施工、頑張れるよ。地元にいた時は納品するだけだったから、こうやって面と向かってお礼をいわれると、本当に嬉しいよ」
「確か秋尾さんのご実家は九州の方でしたよね?」
「うん、そうだよ。武者修行に来たんだけど、かれこれ6年もいるねぇ。そろそろ帰らないと怒られるんだけど、まだ居心地がいいからさぁ。それに……」
そういいながら秋尾さんは震える携帯電話を取り出した。
「ごめん、実家に帰る前に会社に戻らなきゃいけないみたい……」
「お互い忙しい身ですね」
「ね、ほんとほんと」
小さく笑い合うと、秋尾さんは駐車場に足を向けた。
「葬儀者さんも戻ってきたみたいだし、明日また来るからねっ」
「はい、ありがとうございました。お待ちしております」
秋尾さんの車と入れ代わりで黒の軽が駐車場に止まる。そこには東京典礼と書かれており、春に出会った葬儀者さんが勢いよく車から出てきた。
「お、お久しぶりですっ、夏川さん! 本日は、よろしくお願いしますっ!!」
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