第一章 桜花乱満 PART4

  4.


 祭壇が出来上がり、故人の妻がホールから出ると、一斉に他の業者が突撃してきた。


「お疲れ様です、返礼品屋でーす」


「料理屋でーす」


「果物屋でーす」


 様々な物がてきぱきとあるべき所に置かれていく。一人暮らしを始めた時のように騒がしく、誰が誰だかもわからずに判子を押していく。


「ああ、ありがとう。またお願いね」


 社長が一言いうだけで皆、頭を下げてホールを出ていく。どうやら思っている以上に多くの業者が関わっているらしい。


「今日はまだ少ない方だよ。納棺の儀は自宅で済ませたからね」


「それっておくりびとみたいなものですか?」


「そうそう。体を清めて化粧をしてきちんとおくる準備をするのね。本来だったら、棺はこっちで作らなきゃいけないし、色々仕事は残ってたんだよ」



 ……この人、どんだけ凄いのだろう。



 軽々しくいうが、新人の俺には想像ができない業務がたくさんあるのだろう。


「でもまあ、今日の所は次で最後かな」


「次といいますと?」


 先の言葉を聞く前に、弔い客が入ってきた。もちろんお客様優先なので、黙って社長から離れる。


 いかつい弔い客がそれぞれに現れていく。きっと一つの組だけでないのだろう。いくつかのグループが境界線を作り、相手の顔色を伺いながら話をしている。先ほどまでの冷たい空気が熱気に変わっていく。



 ……怖ええっ、どこだよここは。



 もはや闘技場と呼ばれても過言ではない。誰かが武器を振り回せば、間違いなく全員が暴れ狂うだろう。皆、それくらいの覚悟を持っているような面構えをしている。


 ……社長、皆さん血に飢えてますよ。


 指だけでなく頬にナイフの跡がある者や、式場内でサングラスを掛けている者までいる。がたいがよすぎてスーツでは隠しきれていないのだ。恐ろしく動けずにいると、先ほどの故人の妻が着物に着替えており、受付の近くで挨拶回りを始めた。


「春田君、事務所にいてもいいよ」


 後ろを振り向くと、社長が小声で呟いていた。


「いえ……早く慣れるためにここにいさせて下さい」


「そうか。真面目だね、嬉しいよ」



 ……というか、足が竦んで動けないだけなのだが……。


 

 男として情けないが、集団のお相手などとてもできない。まして幾千の夜を切り抜けた猛者達の相手などできるはずがない。


「無理はしなくていいからね。わからないことがあれば今のうちに訊いてくれていい」


「あ、ありがとうございます。今からはどんな流れになるんですか?」


「今日は通夜といって、夜18時から始まる。明日は告別式、出棺のお手伝いだね。葬儀は基本的に二日間あるんだ」


 時計を見ると、すでに17時を回っていた。後一時間で通夜が始まるらしい。


「そうそう、さっき言い忘れていたけど、もう一つ通夜の前に必ずしないといけないことがある。葬儀の時に一番位が高い人を接待しないといけないんだ。それは……」


 社長の言葉がいい終わる前に、エレベーターのスイッチが入った。


 そこには立派な袈裟けさを掛けた若いお坊さんが立っていた。

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