第一章 桜花乱満 PART2

  2.



 霊安室を後にし、事務所に戻るとトラックのバック音が鳴り始めた。


「……もう来たか。俊介君、まだ時間ある?」


「もちろん大丈夫です。今から何をするんです?」


「葬儀のメインディッシュ、祭壇さいだんさ」


 そういって社長の後をついていく。


 階段で三階まで上がると、黒いポロシャツを着込んだ小柄な女性と、大きな男が台車で花を運んでいた。


「社長、お疲れ様ですっ」


 小さな女性がこちらに頭を下げる。慌ててお辞儀すると彼らは俺に気づいたようで、目を丸くしている。


「社長、こちらは?」


「新人の春田君だ。可愛がってやってくれよ、秋尾あきおちゃん」


「なるほど、新入社員ですか……」


 そういいながらも彼女は値踏みするように両手を腰に当てながら俺を観察する。小さいながらも立派な胸が備わっており、ポロシャツの間から谷間が見えそうだ。


「まあ、頑張ってね。新人君。辞める時はきちんといわないとダメだよ」


「はぁ……」


 そんな当たり前のことをいわれても返答に困る。前例があるから釘を刺したのだろうか。


「春田君、僕は棺を取りに行くから彼らの動きを見ておくといい。勉強になるよ」


 頷くと、社長はエレベーターで四階へ上がっていった。



 ……で、結局誰なんだろう。この人達。



 訝し気な顔で見ると、彼女は名刺を取り出して手渡してきた。


「私は秋尾朱優あきお しゅう。花屋だよっ。こっちは宇藤うどう君。よろしくね」


 初めての名刺に興奮を覚える。自分の分はまだないが、両手で受け取るのが礼儀だとマニュアルで見た覚えがある。


「はい、こちらこそよろしくお願いしますっ! 春田俊介といいます」


 思い切り頭を下げて挨拶すると、秋尾さんはにっこりと笑った。


「いい返事、いい子だねっ! よし、挨拶も済んだし、ちゃっちゃとやっちゃいますかっ」


 秋尾さんが声を上げると、宇藤さんも頷き二人で祭壇を崩し始めた。


「え、今から作るんじゃないんですか?」


「そうだよっ」


「じゃあなんで祭壇を壊していくんですか?」


「今日はこの白木祭壇じゃなくて花祭壇になるの。まあ、見ててよ。すぐにわかるからさ」


 二人は息を合わせながら白木祭壇を崩した後、屏風を張り、四段のテーブルを立て始めた。その上に先ほど運び込んだ花がパズルのように組み合わさっていく。


「よしっ、宇藤君。センター見て」


「……少し右にずらして下さい。はい、そこでばっちりです」


「オッケー、んじゃ幕を張っていきますか」


 ……凄い。


 まるでマジックを見ているかのように部屋が変わっていく。故人の写真に光が灯ると、彼まで息を吹き返したかのように感じる。


「どう、新人君? 褒めてくれてもいいんだよ?」


 目の前には山と川が流れていた。その下には桜の枝がしなり、菜の花が大量に咲いている。


「褒めたいんですけど……凄すぎて、なんていっていいのかわかんないです……」


 ……本当に凄い。


 純粋に圧倒されて声が出ない。ビルの三階にいるのに、ここには美しい田園風景がで描かれている――。



「これ、全部、花なんですか?」


「そうだよ。花屋は菊で絵が描けるの」


 菊の点が線となり、山を作っている。その横から緩い曲線が流れており白と緑で川が描かれている。CGだといわれても違和感ないレベルだ。


「凄いでしょ。と、いっても私が作ったんじゃないけどね。宇藤君が挿したの」


「……自分はまだまだです」


 宇藤さんはそういって恥ずかしそうに頭を掻いた。謙遜している姿さえ職人芸の一つのようで貫禄さえ感じてしまう。


「……上には上がいます。うちの会社には僕より凄い人が大勢いますから……」


「んじゃ私はどうなるのさ。一間いっけんの飾りもまだできないのに」


「……秋尾さんは大丈夫です。才能がありますから、すぐに僕なんて追い越していきますよ」


 長身の宇藤さんが秋尾さんに優しいまなざしを送っている。はたから見れば親子の関係のようだ。


「その余裕のある態度が癇に障るなぁ。んきー、くやしいっ」


 ……かわいいなぁ、この人。


 2人の微笑ましいコントを眺めていると、エレベーターのスイッチが点いた。社長が戻ってきたみたいだ。


 迎えに行くと、そこには社長ではなく、喪服を着た美しい女性が立っていた。


「主人はどこに……いるのでしょうか?」

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