第5話 願いを叶える魔法使い

「運命に、抗いたい?」


その言葉は、世界の理を覆す、あまりに不条理で、そして甘い誘いだった。

麗しい青い蝶は、当然のようにその花に誘われた。

「そんなことが、できる、の?」

「えぇ、もしかしたら、ね。その時は、あなたの運命の書の頁は、全てまっさらになるでしょう。」

「本当に!?えっと、その、そこの」

「俺の名前か。カイトだ。」

「そう、ありがとう!カイトと同じように、自由になれるの!?」

えぇ、とマザーは微笑んだ。

「その為には、一度舞踏会に行かなくてはならない。そして王子の部屋に呼ばれても応じず、大広間で踊り続けなさい。そして…」

ここまで言うと、マザーは俺の方を見て、そして言った。



「カイト、あなたは23時59分、大広間から彼女を連れ出して、沈黙の霧を抜けなさい。あとは私が何とかするわ。」



あぁ。


それがあなたの望みだったのか。


主役という運命に縛られ、好きな人と決して結ばれない少女を、本当の意味で救うことが。


でも、あなたの力をもってしても、ぎっしりと詰まった運命に逆らうことはできなかった。


そこに、運命の余白そのものとすら言える、俺が現れた。


だから、変える余地もない彼女の運命に、俺の余白を分けてやれ、と。



ようやく分かった、見つけた。

それが俺の存在意義だ。

最高じゃないか。




好きな人の役に立てるんだ。




「さてと、その為に、一度は魔法を掛けさせて貰うわよ。」

と言うなり、マザーは杖でくるんっと弧を描いた。慣れている俺がなんとか聞き取れるような不思議な呪文を唱える。



カボチャは馬車に


鼠は馬に


蛙は従者に


星のカケラがブワッと吹雪のようにあたりに吹き荒れる。彼女の日常が、たった数時間程度の夢に変わってゆく。

それは悪夢か正夢か。どちらにせよ、俺が不謹慎にもその魔法を美しいと感じてしまったのは事実だった。


「さーてお待ちかねの」と、マザーは彼女に杖を向け、ぐるぐると円を描く。俺ですら聞き取れないような────聞き取れる自身はあったのだが────かつてない不思議な言葉の羅列を唱えて、マザーは彼女にガラスの靴とドレスを与えた。



想像と違った、と言えば怒られるだろうか。

俺が想像していたのは、例えば水色とか白とかのガラスそのもののような、ふわりふわふわとした、星のカケラの残骸が裾に煌めいて、彼女が踊る度にガラスの靴が見え隠れして…そういうものだった。

しかし目の前の彼女は…彼女も困惑しているので、俺の感覚が間違いではないことは分かったが、頭に黒か紫か分からないような大輪のバラを咲かせ、同じ色の胸元が空いた、そして足が露わになった、なんというか目のやり場に困る、そんなドレスだった。ドレスの後ろには、それだけが想像していたようなガラスのような水色の大きなリボンが結ばれていて、彼女が回ればそれに合わせてリボンも大きく揺れた。ガラスの靴だけは、まるでそれがシンボルだから、とでもいうように当然のようにそこにあった。

うん、美しいけど、まるで彼女には似合わない。彼女はもっと、無邪気なドレスが似合う。裾の短さは賛成するが、それ以外は特に色は賛成しかねる。

マザーにこの事を伝えると、(隣にいた彼女は裾に賛成するって何よ、と呆れていたが)

「運命に抗う日なのよ?皆が想像するドレスを着てどうするの?」

といった。めちゃくちゃな論理だと思ったが、そもそも俺らがやろうとしていることがめちゃくちゃなのだから、何も言えなかった。

彼女が馬車に乗る。馬とか馬車とか従者とか、そういったものだけがメルヘンなまさに想像の範囲内で、中にいる彼女は、彼女のドレスはやけに不自然ではあった。

マザーが彼女の手を取る。彼女は少し緊張しつつも、頬がかわいらしく紅潮している。

「さぁ行っておいで、私のお姫様。」



「本当の意味で、運命を変えておいで。」



彼女は微笑んだ。

あ、そうだ、彼女の本名聞き損ねたなぁ、と思いつつも、後で迎えに行ったら聞けるだろうなぁ、とも思った。

迎えにいくだって、うわぁ、王子様みたい、と自分でも気持ち悪くなってしまった。


ふと彼女を見ると、彼女は馬車から身を乗り出して、俺に手を振って、「ニシシ」と歯を見せて笑った。

「カイト!!!!!」



「23時59分、迎えに来てよね!!」





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23時59分、迎えに来てね 恋歌 @shirayuki_renka

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