第4話 少女はまるでかの魔女のような


「すごい!すごいすごい!」

キラキラと目を輝かせるシンデレラ。俺はそれが信じられずに固まっていた。

「…なんで?」

俺は、『空白の書』は、神から見捨てられた存在。この世に認められていない存在…

「…どうして、怖がらないんだ。」

「どうして怖がるの?だって…」

ここまで言うと、彼女は「ニシシ」と笑い

「自分で運命を切り開けるんでしょ?自分の好きな道を、誰にも止められることなく。」

そう、言った。

はじめてだった。は俺ですら見い出せなかったその価値を、目の前の輝く笑顔の主役は見出して見せた。

…なんだ、悲観することはなかったんだ。

そしてここまできて解った。

彼女の美しさは、決して運命によって定められたものではなく、彼女自身の優しさと、賢さから滲み出たものなのだと。


そんな彼女に俺は思わず見蕩れて、そしてフッと苦笑してしまった。何やってるんだ俺は。これから王子様と結ばれる幸せな女の子に一目惚れしたって、何も意味は無いだろう。

「…マザー、時間が無い。舞踏会に付いたら残り10分とかになったら洒落にならないだろう。」

俺が言うと、何故かマザーは「うーん」とニコニコしながら考え込む。

「おい、早くしろって…」

「嫌だ。」

きっぱりとした鼻にかかる声。マザーは何を言ってるんだ?この子の運命が変わる瞬間に「嫌だ」だなんて…

…と、そこまで考えて気づいた。

拒絶する声の主は、目の前の青い髪と碧眼の、麗しい『主役』のものだった。




「………は?」

「嫌だと言ってるの!!!」

突然響いた金切声には、不安定に揺らぐ涙すら孕まれていた。

「ざけんじゃねーよ!!舞踏会には行かない、私は行きたくない!」

「おいおい待てよ…今日はお前の運命が変わるんだぞ」

「変わりなんてしないわ。」

…あぁ、そうか。厳密に言えばそうだ。

俺はなんて浅はかだったのだろう。運命を与えられてないから、普通の人と感覚がかけ離れているのだろうか。

「運命」なんて、そんな軽々しく言ってはいけないのだろう。ましてや、「主役」は。

他のいわゆる「エキストラ」は、その運命に「余地」があるのが一般的だ、とマザーは言った。マザーはこの世界の構造をよく知っていた。俺に「想区」とか「沈黙の霧」とか、そういったものを教えたのもマザーだ。

「…悪かった。」と、俺は彼女から目を逸らして言った。

何を謝罪したかったのかは俺にもわからない。「運命」という言葉を浅はかに使ったことか、はたまた自分が目の前の少女の憧れても手の届かないものを持っていることか。

だけどどうやら、それだけではなかったようだ。

「王子は人喰いだから、そうでしょ?」

ふわり、と優しく微笑むのはマザー。これまで俺にそんな笑顔を見せたかお前。

マザーは再び全てを見透かしたように俺の方を見て得意げに、「私はねぇ、恋する女の子の味方なの!」と杖でくるんっと弧を描いた。

涙で縁が紅くなった碧眼の彼女はびっくりしたような、そしてどこか安堵したような表情でマザーを見上げた。そして、幼い子供が知らない人にそうするように、あるいはそういう玩具のように、彼女は口を少し開けたままこくんこくんと何度も頷いた。


「王子が、人喰いって…」

「運命の書は、その人の生きる過程を記し、ストーリーテラーはその通りになるように動かす。人の性格ってね、やっぱり経験に基づいて変わってくるものなの。小さい頃から外で元気に男の子に混ざって遊んで育った子は男勝りで明るい女将さんに育つし、幼い頃愛されて育った子は優しい女性に育つし。」

そこまで言うと、マザーは微笑みながら彼女の頬を少し撫でた。彼女は少しくすぐったそうに撫でられた方の肩を竦めた。

そして、ふっとその微笑みを消して続けた。

「でもね、人には少しばかり生まれつき持った性格ってやっぱりあるの。どんな運命を経験しても、やっぱり動かない性格。かのフランスのジルドレ卿はご存知?」

「知らね」と俺は吐き捨てた。勉強は苦手だ。

一方の彼女は「うん」と当たり前のように答えた。俺が知らないと認めると、ふふんと得意げに(そしてその表情は、俺が一番好きな彼女の表情となったのだが)語り出した。


「とある二つの国の間で長ーい戦争があって、二つの国のうち一つ、フランスっていう国は、もうすぐで完敗しちゃう!っていう状況になったの。」

どこでそんな知識を小さな頭に溜め込んだのか、彼女は、子供が自分のお宝を友達に初めて見せびらかすようなキラキラとした目で語り始めた。もちろん、彼女にとっては、その頭の中の知識すべては、例えばダイヤのティアラとか、ガラスの靴とか、そういったものよりずっとずっと価値があるものなのだろうが。

彼女は続けた。

「そしたらね、田舎町からジャンヌっていう女の子が突然現れて、『神様が私に国を救えって言ったの!』って言って、なんとフランスのその危機的状況を打破したの!!その時の戦友がジルドレっていう貴族。」

田舎の名も無き少女が、ある日突然国を救うヒロインになる。

まるで君の運命みたいだな、とはあまりに悪趣味で言えなかった。そして、この言葉を言わなかった事への安堵は、次の言葉でより強まった。

「でもね、ジャンヌはその後、国王と意見が合わなくなっちゃって、裏切られて、その時流行ってた『魔女狩り』…要するに、その時起こった悪いことをぜーんぶこの女のせいにしよう!って言われて、火で焼かれて殺されたの。」

「…あまりに理不尽だな。」

「うん、私もそう思う。使い捨てにされるなんてね…あ、で、ジルドレ。この人、ジャンヌが死んだあと、ジャンヌに似ていた小さな男の子を何人も何人も殺したんだって。」

あまりに唐突な展開に驚いて彼女を見てみれば、そこには恐怖と自嘲が同在する笑顔の彼女がいた。…そうだ、彼女はこれからそんな王子と結ばれるのか。なんとか運命を変えてやりたいなぁ、とふと思った。


マザーが彼女の先を継いだ。

「そのジルドレの猟奇性は、生まれつき、とすら言われているわ。えっと…なんの話だっけ、そうよね、王子様の話よね。…いくら運命の書に『優しい優しい王子様』と書かれて、そうなるような過程を辿っても、スタート地点が違えば違う人間になる。」

「………」

彼女の笑顔が消えた。そういえば想像していたシンデレラはもっと上品で高貴な微笑を浮かべる淑女だったが、目の前の彼女はそれよりももっとムカつく笑い方で、得意げで、どこか飄々として達観しているようでもあった。それも「生まれつき」だろうか?




「…運命に、抗いたい?」




ニコリ、と音を立てそうな笑顔をマザーが向ける。俺はその掟破りの発言に絶句する。

彼女も言葉を失う。だけれどその碧眼には



たしかに、希望が宿ってしまっていた。








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