第3話 運命が交わり出す
「それじゃあ、行ってくるわねー!」
「シンデレラはちゃーんと家事を済ませておくのよ!!」
私は困ったような笑顔で「はい、お姉様、お母様…」と『王子じゃなくて貴族を狙う』三人を見送った。
分かっていた。分かっていたはずなのに、本当に苦しい。
私は舞踏会に行けない。ママから貰った可愛いドレスもズタズタにされて、終わらない家事を言いつけられて。
そして、いずれ結ばれるはずの王子様だって…
シンデレラが幸せになるだなんて、誰の妄想なの?
私は、永遠に幸せになれないんじゃないの…?
この間、継母のもとに客人が来た。
どうやら舞踏会のための宝石を買うために呼び寄せた商人らしい。借金まみれなのに何をやってんだか。
「お客さん〜、それはお客さんには高すぎるのでは?払えなかったらこっちが困りますからねー!」
「いいのです。娘が王子と結ばれれば、金はいくらでも入りますからね!」
その自信はどこから来るのか知りたい。
それを聞くなり、商人の顔色が変わった。
「…おたくのお嬢さん、まさか王子と結婚するつもりなのですか?」
この言葉には、継母も「どういうことです?」と聞き返した。
商人は困ったような顔をしていた。どうやら話すかどうか決めかねているらしい。もしも自分の話で目の前の人たちが舞踏会に行かなくなれば、この客は宝石を買わなくなるからだろう。
しかし、商人はわりと善良らしく、「まぁ、それで死んでワタシの責任にされても困りますしねぇ」などと言いながら、教えてくれた。
今回の王子様は、人喰いだと。
「…はい?」
「いやこれも噂の域を出ないのですけどね、なんでも部屋に呼び寄せられた侍女たちが、誰1人帰ってこなかったのだと。」
人喰いだなんて、どこの怪談だよ…
そうバカにしていたのは自分の中の怯えを隠す為だったのかもしれない。
私の運命の書は、舞踏会に連れていかれて、イケメンなボンボンである王子様と結ばれる、はいめでたしめでたし、で終わっている。
…そこで気づいた。
神様にとっては…ストーリーテラーとかいう『神様』にとっては、私は『私』ではなく、ただの『シンデレラ』を演じる者なのだと。
王子様と結ばれれば、その後、また灰かぶりの日々に戻ろうが、王子様に食べられて死のうが、関係ないのだ、と。
身分を超えた結婚。
その先に待っているのは果たして羨望だろうか?幸せだろうか?それとも嫉妬?憎悪?
ねぇ神様、どうして私だったの?
どうして私がシンデレラなの?
自分の好きな人と恋をして、結婚をして、平凡ながら幸せな日々を送る。
どうして私にはそれが許されないの?
街へ買い物をしに行った時に、雑談ついでに見せてもらった街の八百屋のおばちゃんの運命の書。
本当はそこまで安々と見せていいものでは無いのだろうけど、「本当にほとんど『空白の書』みたいなもんさ〜」とか謙遜しながら開いたそのページには
【市民】
主役であるシンデレラと関わりながら、
ごくごく平凡な人生を送る。
おばちゃんは、それ以外の『平凡ながら幸せな人生』を与えられた人々は、気づいているのだろうか?
もしも本当に愛すべき人に恋をしても、決して結ばれない
ねぇ神様、聞いているの…?
☆。.:*・゜
「さーてと、杖に魔法の香辛料あと忘れ物は…」
「一応魔導書持っていけば?マザーのことなら呪文も忘れかねない。」
ひっどーい!と子供みたいに怒る俺の師匠。この間、100歳は超えていることが発覚したBBA…っと、氷の弾がマザーの杖から飛んできたので、これ以上は自粛しよう。
「あとは大丈夫だろ。マザー。シンデレラを、幸せに。」
いってらっしゃい代わりの文句を言うと、なぜかマザーは少し考えこんでいるようであった。
「…マザー?」
「大事な忘れ物をしたわ!」
そんなことか。
「どうせ大したことはないものだろう。かぼちゃは向こうの庭にあるだろう?ネズミだってそうだ。魔法の鏡とか言うなよ、それは白雪姫だ。」
「そうじゃないわよ!」
と、言うなりマザーはぶんっと杖を俺に向けた。危ないっつうの。
俺は後ろを振り向く。たぶん俺の後ろにある棚に陳列されたトカゲのしっぽだの天使の涙だのが詰められた瓶のうちどれかだろう。
「どれ?」
「ノーノー!you!」
…「は?」
「聞こえなかった?you!だよ、カイトきゅん!」
………「はああああああ!!!???」
それはおかしい。というかルール違反だ。シンデレラの目の前にフェアリーゴッドマザーが現れ、青色のドレスとガラスの靴を出現させる。それは『シンデレラ』の物語の中のとても大事な部分だ。
そんなところに俺が、空白の書の持ち主が現れたらどうなる?
ストーリーテラーが怒るに決まっている。
「大丈夫よ、my弟子♪君はストーリーテラーから役割を与えられていない。つまり君は物語に干渉しても特にわからないっていうことよー♪」
「…たとえば」
ん?とマザーが聞き返す。
おれは冷たい声で言い放った。
「…俺がシンデレラを、魔法弾で射殺したら、どうなる。」
俺は左手の人差し指をピンと立てた。
マザーのお陰か元々の素質か、あるいはその両方か。俺はマザーよりも魔法が使える。
特に、攻撃魔法。
俺の人差し指の先には、地球儀くらいの大きさの光の弾が明るくも昏く光っている。
きっと、俺の中の闇の力も含まれているのだろう。
マザーは「もー危ないわねぇ」などと割とブーメランなことを言いながら、それと全く同じ声のトーンで続けた。
「代役が出されるに決まっているでしょう。」
なぜか少し、怒ったような声であった。
それも、いつもの「全くカイトくんったら!ぷんぷん!」みたいな明るさではなく、なんというか、全てを恨み、無に帰そうと欲するような声であった。
少し、ゾッとした。
…何かあったのだろう。100年前、先代のシンデレラに。
それは俺の知る由のないところだし、知るべきところでも無いのだろうけど。
「だけど、なんで俺を連れていくんだよ。」
「魔法使いには弟子が必要でしょ?」
いたずらっぽい、いつものマザー。
どうして気づけなかったんだろう。それは明らかに嘘をついた目だった。
「あーらお嬢さん、こんなに可愛い女の子が舞踏会にも行かないで、何をやっているの?」
マザーが決められたセリフを言う。
噴水で肩を震わせ泣いていた女の子が顔を上げる。
ボロボロのピンクのドレスから伸びる白くて華奢な腕。腰まで伸びる青い髪。同じ色の瞳。すうっと通った鼻筋。想像していたよりもずっと強い意志を感じる視線。
その視線は、まっすぐ俺に向けられていた。
少し困惑したような視線でもあった。
…まぁ、シンデレラの運命の書には、俺のことは書かれていなかったのだろう。
「…弟子です。」となぜか言っていた。
「嘘なんでしょ。それ。」
少し鼻にかかったような声。少し自信家でもあるようだ。
「ねぇ、もしかして。」
「…あなたが噂の『空白の書』の持ち主?」
あぁ、また異様な目で見られるのだろう。神から見放された存在だと。もういい。慣れっこだ。
「見せて。」という強い声に押されて、足にくくり付けていた空白の書を取り出し、ページをパラパラとめくって見せる。どこまで行っても、空っぽな俺の運命。
「軽蔑した?」と自嘲する。シンデレラは、俺の運命の書に食い入って離れようとしない。
「もういいだろ。マザー、早くドレスを準備してあげろよ。」
と、空白の書を閉じようとする。それを制するのは、シンデレラの透明感のあるガラスのような手。
シンデレラが顔を上げた。
汚いものを見る目────じゃない?
「すごい!すごいすごい!」
初めて見たシンデレラの笑顔は、あまりにも綺麗で、あまりにも…
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