第2話 物語が始まってゆく


私の部屋に勝手に変えられた、元物置の屋根裏部屋。

始めはハウスダストでどうも咳がやばかったけど。掃除をして、こっそりパパの部屋からくすねた沢山の本を並べれば、それなりに快適だ。

…パパは本が大好きだったからなぁ。私もよく膝に乗せてもらっていろんな本を読んでもらったもん。

赤ずきんとか、不思議の国のアリス、あとは白雪姫。

昔はそういう童話系を読んでいたなぁ。

まぁ、今のお気に入りは…っと。床下のスペースに敷き詰めた本の中から、何度も読んで擦り切れた本を出す。

シェイクスピアの、夏の夜の夢。

そこに出てくる沢山の妖精。

そういえば私を助けるとかいうフェアリーゴッドマザーも妖精だよね。フェアリーって言ってるし。

それを開こうとしたその時…

「シンデレラーー!シーンーデーレーラー!

早く来てちょうだい!」

「きゃあああ大変よ!どうしましょう!」

全くうるさい姉どもだ。

「はい、ただいま!」と叫び、階段の手すりに乗っかって、バランスを取りながらついーっと一気に滑り落ちる。継母が見たら「はしたない!」とか言いそうだけど誰が健気に階段を一段ずつ下がるものですか。


下に下がるや否や、姉たちがボン!と雑多な色の布を私に投げつけてくる。痛いなと思えばボタンも混ざってるじゃんか!硬いわ!

「シンデレラ、今すぐその材料で可愛い可愛いドレスを仕立てなさい!」

「私のは美しく、スェクスィーにね!」

スェクスィーってなんだよスェクスィーって。普通にセクシーでいいだろ!

「あ、あの…」と訳が分からずに戸惑っていると、継母が「待ちなさいあなたたち。」と椅子に座って制する。

「何も舞踏会は明日や明後日ではないわ。二週間後よ。それまでに、王子の心を射止めるような服をじっくり仕立てて貰いましょう?そうと決まればあなたたち、ダンスの練習よ!」と。


理解した。これは、私が召使からお姫様に変えられる一大イベントだ。いつの間に始まっていたんだろう。

私の、物語は…



☆。.:*・゜




魔法屋フェアリー、そう小洒落た字で書かれた看板のドアの向こうには、年齢の読めないメルヘンな格好をした女がいた。

「…マザー、もうすぐだよ。」

「あらー!カイトじゃないの!帰っていたの?それならまず『ただいま美しきマザー♡』でしょ?」

「ただいま帰還致しました師匠。」

「師匠って何よー!可愛くないー!」

埒が明かない。強引に話を切り出すことに決めた。

「マザー、もうすぐ城で舞踏会が行われる。王子様がシンデレラを見つける舞踏会だ。」

その意味を、マザーは瞬時に理解した。

「はいはいりょーかいしたわ!今回はどんなドレスにしようかねー?」

今回はって…前回も手がけたのかよ。

想区の運命は、繰り返しの構造の中にある。

このシンデレラの想区の運命の周期は知らないが、俺のことを捨てた母親も、その母親、まぁ俺の祖母も知らないのなら、そこまで短期じゃ無いはずだ。

フェアリーゴッドマザー、本当に何者なのだろう。

「妖精よ?」

「また俺の心を見透かしていたのか、師匠。」

「だから師匠ってよばないでー!えっとね、確か前のシンデレラちゃんが100年前だからぁ…」

ひゃ、ひゃくね…!

「つまりは…フェアリーゴッドマザー、あなたは…」

「BBAじゃないもん!」

また見透かされた。俺は苦笑い。

だけど、何故なのだろう。

見透かされることを望みながら、心の中で思う。


何故あなたは、何も役割を与えられなかった俺を、弟子にしてくれたのだろう?







人は生まれた時、1冊の本を与えられる。


その人が生まれてから死ぬまで、どのように生き、どのような物語を描くのかを定めた、「運命の書」。


その中で、ごく稀に、頁に何も書かれていない「空白の書」が発現する。

空白の書とは、すなわち神から生きる資格を与えられてない、ということに相当するのだ。


俺の空白の書を見るなり、親族は皆気持ち悪いものを見る目をして、母を責めた。耐えかねた母は、俺を捨てた。

最近母を見た。5歳くらいの男の子の手を引いていた。


俺は16歳の魔法使いの弟子、カイト。


何も運命を与えられなかった、可哀想な背景の役。





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