愚かな行為

翌日になると父は家に帰ってきたが、母や私に謝ることはなかった。


それどころか、今までに輪をかけて粗暴になり、暴言を吐いたり暴れたりすることが増えた。

特に私と二人っきりになった時の暴言は酷く、休日に出かけようとすれば


「どうせやってくるなら、次はコンドームくらい使えよ」


「こんなブサイクでも抱ける男子高生がいるんだな」


「帰ったんなら男の匂いを落とすためにシャワー浴びてこい」


と、まるで汚らしいものでも見るような目で私を見て言い捨てるようになった。

その度に、部活の大会に向けての練習で出かけるんだとか理由を言ったり、そんな事するわけないと必死で否定するのだが、父は一笑に付して私の言葉を聞いてはくれなかった。

どんなに心を尽くして説明しても相手に届かないなら、言葉なんて無力なものでしかなかった。

自分の言葉が何の役にも立たずに消え、全てが嘘のように振る舞われるのが辛くて、そのうち私は否定することさえ諦めた。

父はそれでも私を貶め、言葉の暴力を重ねていった。


ある日の休日、母が仕事に行くのを見送った私は昼過ぎに出かけようかと考えて準備をしていた。

その頃の父はいつ怒り出すのか全く予測できず、また私も父に何を話しても無駄だと悟っていたため自分から話しかけることは殆どなかった。

出かける事で父から離れるのが、自分の身を守る安全策だった。


準備をしている私に突然父が近寄り、力を込めて手首を握ってきた。

驚いて固まってしまった私を、父は力任せに引っ張って寝室に連れて行った。


「どうせ他でもやってるなら、オレにもやらせろよ」


そう言われた時、全身に怒りが駆け抜けた。

私のことを何一つ信じて居ないくせに身体は欲しいのかと、性的虐待を止めて普通の家族になろうと訴えて互いに了承したのにそれすらも足蹴にするのかと、腹が立って仕方なかった。

私はやっていないのに信じないのはそっちじゃないかと言い返すと、父は鼻で笑って私を見下ろした。


「うるせえ!いいから黙って服を脱げ」


「断ったら、お前の母さんや友達がどうなるか分かってんのか?」


「殺されたくなかったら言うことを聞きやがれ!」


至近距離で頭ごなしに恫喝する父の目は血走っており、私は恐怖に身体が震え出すのを止めることができなかった。

襟元を掴まれて畳に投げ飛ばされた私は、やっと性的虐待から抜け出せたと思っていたのにまた始まるのかという絶望感と、父に逆らうと大切な人を失うかもしれないという不安感に苛まれつつ、私は震える手を動かして服を脱ぐしかなかった。


「オレがどんなにお前を大切にしてきたのか分からねぇだろ」


「こんなに愛してやったのに……」


「これからもオレの言うことを聞かないと、どうやるか分かってるんだろうな?」


「他のやつにバラしたら、全部台無しにしてやる」


「女子供を殺すのなんて簡単なんだからな」


行為中も浴びせられる父の言葉は屈辱的で、逆らうことさえ許されない私には悔しさで奥歯を噛みしめて耐えるしかなかった。

今まで父と思っていた眼の前の人が、全く訳の分からない別の生き物の様に思えて吐き気すら覚えた。


「今度は出来ないように外に出してやったんだ、感謝しろ」


私の身体を心行くまで散々弄び、堪能し終わった後に投げかけられたのは、嘲笑混じりのそんな言葉だった。


私は父が居なくなった後で風呂場へと駆け込み、シャワーを浴びながら声を押し殺して泣いた。

父に投げかけられた言葉は私の心をズタズタに切り裂くには十分すぎて、父に屈服するしかないと思う反面、殺してやりたいほど憎々しかった。

そして、付き合ったばかりの彼氏の事を思うと申し訳ない気持ちで一杯になった。

父に再び身体を許した自分が汚らわしくて、どこもかしこも真っ黒に汚れている気がして、皮膚が擦り切れるほど身体を洗った。

今更何をしてもきれいになんてなれやしないと分かっているのに、どうしてもきれいにしたかった。


父はその日以降も母や友人を言葉で人質にし、私に身体を差し出すことを求めた。

何度考えても父を殺すことなどできなかった私は求めに従うしかなく、その愚かな行為を受け入れ続けた。


もしかしたら私が死ぬまでこの行為に終わりなんて来ないのではないかと、自分の歩む未来が父によって真っ黒に塗りつぶされているように感じた。

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