踏み躙る

ある日、母から海に行かないかと持ちかけられた。


戸籍上の父の家が海沿いにあるので友人も連れて泊りがけで遊びに来るといいと誘われ、父にも事前に了承を取ったとのことだった。

私は友人と一緒に海へ行くことが初めてで、話を聞いた時点で楽しみになった。

高校3年生になったばかりとは言え忙しい時期でもあるので誘いに乗ってくれる友人がいるか不安だったが、部活のメンバーが数名参加してくれた。

彼氏になったばかりの男の子を父に会わせるつもりはなかったが、彼自身も所用があり参加はしなかった。


当日は父と母、そして私と友人達で現地に向かった。

父は外面がいいため私の友人達にもちゃんと普通の父親として対応してくれ、目的地までは何の問題もなく辿り着けた。

戸籍上の父とその奥さんが出迎えてくれた家は海の見える少し高台にあり、友人達には離れの家を貸してくれることになっていた。

離れを貸してくれた戸籍上の父に礼を言ってから友人達と離れへ荷物を置き、早速海へ遊びに行った。

友人達と過ごす楽しい時間はあっと言う間に過ぎて夕食の時間になり、あれこれ話が弾んでいる間に夜がやってきた。

友人達が離れに行った後、父と母と私は母屋の客室に泊まることになっていた。


深夜に差し掛かろうとした時間帯、母はキッチンで片付けをし、父と私が客室に居た。

私は明日の予定をあれこれ考え、父はいつもと同じように酒を飲んでいたのだが


「あの中の誰とやったんだ?」


っと、何の脈絡もなしに問いかけてきた。

突然の問いかけの意味が分からず呆気にとられている私に、父は語気荒く続けざまに言葉を吐いた。


「どうせあの中の誰かとやったんだろう。このアバズレめ!」


「大体可笑しいと思っていた。

 医者からは子種が無くなったと言われてたのに子供ができるなんてな」


「子供を殺したのも、何もかも全部お前が悪い」


「普通の家族になろうとか言ったのも、オレを馬鹿にしていたんだろう」


「お前如きがオレの気持ちを踏みにじって楽しかったか?」


「誰かれ構わず股を開いてオレを裏切っていたんだろ!」


自分で言葉にする内に激怒した父は立ち上がって私の服の胸元を握ると、恫喝しながら壁まで引き摺った。

怒りに任せて壁に投げ捨てられぶつけた背中がジンジンと痛んだが、私は一生懸命に否定した。

父以外の誰ともそういう行為はしたこと無いし、それを誰かに言ったことなんて無いといくら言っても父は聞く耳を持たず、何度も私を蹴り上げ喚き散らした。


悔しかった。

今まで父を裏切る行為などしたことなかったのに自分の想像で勝手に悪者にされ、子供の事さえ否定され、あたかもそれが正しいと言わんばかりに非難されて暴力を振るわれる。

悔しくて悔しくて仕方なく、頭が煮え滾るんじゃないかというほどの怒りでぎりぎりと歯を食いしばった。

蹴られる痛みと吐き捨てられる言葉への悔しさで涙が溢れ、生まれて初めて本気で人を殺したいほど憎んだ。

物音に気付いた母が駆けつけ、父から私を助け出してくれなかったら、私か父のどちらかが死んでいたのではないかと思う。


母は暴れる父をどうにもできないと判断し、私を連れ出した後に離れから友人を連れてきて自動車に乗せた。

急な仕事が入ったから帰ることになったと友人達に説明して謝った母は、父を客室に残したまま自動車を走らせた。

自動車の中が真っ暗だったため、私の怪我も泣き顔も友人達に見られることはなく、また夜遅かったため友人達はすぐに寝入ってしまった。


自動車の中で私と母は何も話さなかった。

私の心は怒りや悲しみ、憎しみや悔しさがごちゃごちゃと入り乱れ、言葉を口にするほどの余裕すらなかった。

私が今まで父に従ってきたこと、父を慕っていたこと、いい子でいたこと、その全てを否定された上に手酷く踏み躙られ、裏切られたように感じた。

私の思いや考えが何一つ理解されていなかったことが虚しくて、辛い気持ちも悲しい気持ちも我慢し続けたのが馬鹿馬鹿しく感じられた。


父のために私が今までしてきたことは、一体何だったのか――そんなことを考えながら、自動車の窓から見える真っ暗な海をじっと見て帰路についた。

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