平穏と不穏
高校3年間をなんとか無事に過ごした私は、県内の専門学校に進学することにした。
家計を1人で支える母を少しでも楽にするため就職しようかとも考えたのだが、行きたい学校があったら進学するようにと母本人に進められた。
父から離れるため県外に進学しようかとも思ったのだが、母だけ残して行ったらどんな目に合うか分からず、諦めて県内の学校を選んだ。
仲がいい友人達は県外の大学や専門学校に行く人や就職する人に別れたが、彼氏は私と同じ専門学校に通うことになった。
皆バラバラの道に進むのだろうと漠然と考えていた私は、一番親しい人が同じ学校に通ってくれるのが少しだけ嬉しかった。
だが、金銭面でも家庭内でも問題が山積みなのは明らかで、私は自分の学費と家計を支えるため、そして父といる時間を少しでも減らすために、昼間は学校に行き夜はアルバイトをするという生活を送ることにした。
アルバイト先は家からほど近い小さな販売店で、店長とスタッフが数人しかいない店舗だった。
面接時に専門学校に就学予定で、平日は夜のみ、休日は昼夜問わず働けることを告げると、店長はすぐに私を雇い入れてくれた。
気さくで話しやすいスタッフが多かったので時間をかけず親しくなり、また仕事でも沢山学べることがあり、アルバイトをしている時間はとても楽しいものだった。
専門学校に入学してからの日々は、目まぐるしく過ぎ去った。
様々なカリキュラムの中でも初めて知ることや体験することが多く、私は自分の知識も経験も全く無いことを実感した。
だからこそ学ぶことは楽しく、あれこれ節操なしに色んなジャンルの勉強をした。
クラスメイトに仲のいい友人ができるとグループワークも楽しくなり、前日のアルバイトで疲れていても学校生活は充実していた。
だが家に帰ると相変わらず父は荒れていて、私も母も居ないのに暴れた形跡があったり散らかっていたりするので、帰宅したらまず片付けという日々も増えた。
父の暴れた後の片付けで、特に印象深かった出来事がある。
ある日、別室で勉強をしていたら突然父の怒鳴り声が聞こえた。
またかと半ば呆れ気味に、だが母が怪我するといけないので急いで居間に駆け込むと、父は買ったばかりの仏壇を庭に引きずり出していた。
予想外の光景に何をしているのか分からずぽかんとしていると、父は何やら喚き散らしながら仏壇を叩き壊し、端正に作り上げられた扉や装飾を蹴って穴を開け、位牌をへし折った。
しかも、泣きながらである。
泣きながら怒鳴り散らして仏壇を破壊している父を母は懸命に宥めようとしていたのだが、本人は全く聞く耳を持たず、ある程度ばらばらになった所で今度はライターを取り出して火を付け始めた。
メラメラと燃え上がった仏壇を見て漸く満足した父は、燃え終わったら後片付けをしろと私と母に言い捨ててさっさと部屋に戻った。
全くもって意味の分からない行動で、あまりにも馬鹿馬鹿しくて笑いがこみ上げそうになったのを覚えている。
仏壇は父方のものである。
父が必要だと言って仏壇を購入したのはつい最近で、それなりに高い金額がしたのではないかと思う。
だからこそ父が何のために仏壇を壊して燃やしたのか理解ず、私は呆気にとられている母に怪我がないことを確認しつつもそれが燃え尽きるのを待った。
言いつけを守らないで部屋に戻ればまた父が暴れだすのは目に見えて明らかだったし、何より飛び火する可能性もあるので目を離すわけにはいかなかった。
父の馬鹿げた行為の末に灯されたとは言え赤々と揺れる炎は綺麗で、母と二人で言葉もなくじっと見続けた。
煌々と燃え上がる様を見ながら母に父が怒り出した理由を聞いたのだが、全く訳がわからないと言っていた。
時間をかけて仏壇が焼け落ち炎が小さくなったのを見届けると、バケツに水を汲んで残り火を消した。
こんな事して何になるんだろうね……と小声で母と話しながら仏壇の残骸と灰をシャベルで掻き集めると、庭の隅に穴を掘って埋め立ててから家に入った。
居間に戻ると父は既に寝室へ引きこもっており、私と母は漸く肩の力を抜いて座ることができた。
父の異常な行動はこれに限らず様々あったのだが、私が覚えている中でも特に異質で異常だったのはこの出来事である。
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