馬鹿なこと
その日から1年くらいは、特に記憶にばらつきがある。
極彩色で彩られているほど生々しい記憶もあれば、焼き切れて真っ黒な穴がぽっかり空いている記憶もある。
学校行事でも、体育祭や文化祭、修学旅行や部活の大会等あったはずなのだが、自分が何をしていたか良く分からない。
断片的に覚えていたり、全く記憶になかったりして不定形だ。
だが、あの当時の友人達と話しても違和感があったとか変だったとか言われたことがないので、多分私は何事もないフリを上手く演じ続けていたのだろうと思う。
鮮明に覚えている記憶の1つに、友人関係でとても後悔している記憶がある。
高校生になってすぐの頃、他校の先輩と仲良くなった。
優しい笑顔が愛らしい女性で、穏やかな声音が聞いていて心地よく、一緒にいるだけで気持ちが落ち着くような雰囲気が魅力的だった。
かと思えば真面目な顔で妙に面白いことを言ったりするので、話をする事が大好きだった。
先輩と一緒にいるのは楽しくて、会える機会があったら遠くても自転車に乗って会いに行っていた。
私が自分の子供の命を奪ってからどれくらい経った頃かは分からない。
その日は家に一人きりで、死ぬのに丁度いい日だとぼんやり考えていた。
外はざぁざぁと雨が降っているのに家の中はしんと静まり返り、心は不思議なほど凪いでいた。
ただそうしなければならないような気がして、居間に置いてあったビニール紐を鴨居に取り付け輪っかにし、椅子に足をかけて自分の首をそこに嵌めた。
あまり躊躇いもなく椅子を蹴ったのだが、ビニール紐の強度が足りなかったのか劣化していたのか分からないがそれは千切れ、私は鈍い音を立てて床に落ちた。
痛みと苦しさにしばらく蹲って唸って、やがて惨めで哀れな自分が嫌で嫌で堪らずに泣いた。
しばらくした後、何を思ったか全く定かではないが、家の電話機の前で先輩の携帯電話の番号を押していた。
数秒のコール音の後に聞こえた優しい彼女の声に、私は酷く心を揺さぶられ、二言三言口にしてからまた泣いてしまった。
私が泣いていると気がついた彼女は、慌てながらも慰め、励まし、安心させてくれようとしたのだが、そんな優しさが逆に辛くなった。
そんな言葉をかけてもらう価値なんて無い――そう思った瞬間に、自分の苦しみや悲しみを一方的にぶちまけ、貴方を慕っていた人間はこんなに醜い内面をしているのだと晒してしまった。
はっと我に戻ったのは、彼女の啜り泣く声を聞いてからだ。
「辛い思いを分かってあげられなくてごめんね。
私、今まで無神経なこといっぱいして傷付けたよね……」
馬鹿なことをしたと瞬時に理解し慌てて弁明しても、優しい彼女は自分を責めて何度も謝ってくれた。
ただ憧れていただけなのにどうして傷付けてしまったのか自分でも分からず、私も何度も謝った。
お互いに泣きながら謝るという状態をしばらく繰り返してから電話を終えた。
そして激しい後悔に苛まれた。
自分が傷付いているからといって誰かを傷付けていいはずはないのだ。
あんなに優しい人を傷付けた上に泣かせてしまったという罪悪感が伸し掛かり、今すぐに会いに行って身を投げだして謝罪したかった。
後日会った時に改めて謝罪したのだが、私が後ろめたさを感じて先輩に合わせる顔がなくなった。
あれほど憧れ、大切にしていた関係なのに、私自身が馬鹿なことをして傷付けてしまったことに罪悪感があり、以前ほど無邪気に慕えなくなった。
先輩が卒業して以来、私は彼女に会うことがないまま今に至る。
時折友人から先輩の話を聞く事があるが、その度にあの日の事を思い出して胸に棘が刺さったままのような痛みが走る。
先輩があの日のことを覚えていなければいいとも思うし、私の事は楽しい思い出の中で覚えてほしいという身勝手な考えが頭を過る。
せめて、私が憧れた優しい先輩が幸せであるようにと祈るほかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます