ゆーま暮れのフレンズ

入須川人

ツチノコとスナネコ

 砂嵐のようにやってきたサーバルとカバンは、やはり砂嵐のように賑やかに、そして慌ただしく発っていきました。

 二人を見送ったあと、ツチノコは妙に持て余してしまい、しばらく遺跡の中をぶらぶらと散策してまわりました。


 一本歯の下駄で大股に、カラリカラリとわざと音をたてながら、足場の悪い遺跡を歩いていきます。ポケットにつっ込んだ手の中では、昼間に拾ったジャパリコインをもてあそんでいます。

 指先だけで、コインの凹凸おうとつを確かめるようになでたり、すこし爪をたてたりしていると、もう一度、今度はじっくりとコインを観察したくなりました。そういえば、ジャパリコインを知らない二人に講釈するのに注意がいって、ろくに観察する余裕がありませんでした。


 立ち止まって、ポケットから出した右手を開くと、遺跡中に設置されたランプ風の灯りを反射して、ジャパリコインがきらきらと輝きます。通貨は価値を表すものであっても、通貨自体に価値があるのではないことをツチノコは知っていましたが、それでもこのしなやかでゆかしい円形に色つや、精密に彫り込まれたシンボルには惚れ惚れとしてしまうのでした。


 十分に眺めて満足すると、ツチノコはまたコインを握った右手をポケットにつっ込んで歩き出しました。

 セルリアンとの追走劇で崩れた石のアーチを横目に、入りくんだ通路を迷わず進んでいきます。

 しかし、やはりきょうは珍客があったせいでしょう、おまけに昼間は久しぶりに日向ひなたに出たこともあって、なんだかあっという間にくたびれてしまいました。


 やがてサーバルが壊した壁が見えてくると、見覚えのある風景にツチノコの口もとが少しだけほころびました。

 ここまで戻ってくれば、居心地の一番いい柱の陰と、ツチノコ用の特製ジャパリまんがすぐそこです。

 少し早いですが、散策を切りあげて夕食としましょう。


 不意に、入り口のほうから差す黄色い光に、フレンズの影が見えました。ツチノコは反射的に、通路の壁に半身を隠して息を殺します。


「おー、ここがサーバルたちが目指していた図書館でしょうか」

 スナネコは遺跡のぐるりをいかにも興味深そうに見回しながら、ずんずん内部まで立ち入ってきます。


 ツチノコは舌打ちをして、「きょうは次から次へと変なやつが……」と口の中でいいながら、頭では、どうして閉まっていたはずの入り口が開いているのか、いくつか仮説をたてていました。


 一つは、地下迷宮内のどこかに、音・光・圧力、または生体の熱を感知するなど、それこそツチノコのピット器官にも似たしかけがあって、アトラクション参加者がある地点まで進行すると、自動的に入り口が開くという説。

 あるいは、アトラクションの出口で会ったラッキービーストが、参加者の終着地点への到着を見届けることで、入り口が開くしくみなのかもしれません。

 またあるいは――、


「あなたは誰?」

 夢中になっていたツチノコがぎょっとして顔をあげると、スナネコはおもむろに屈んで顔をよせ、ツチノコのフードの中をのぞき込みました。

 ツチノコはポケットの中のジャパリコインをギュッと握りしめ、しかし平静を装って、

「見たら分かるだろ、ツチノコだよ!」

 と答えました。

「はい」

 と、あっけないスナネコに、

「そういうお前は?」

 声に険が混じります。

「ボク、スナネコです」

「……ふん。噂通りの、変人だな」

 吐き捨てるようにいいました。


 これだけのやりとりで、ただでさえ疲れていたのに、さらに消耗したような気分になって、壁の隙間からジャパリまんを取り出すと、ドカリと床に腰を下ろしました。

 いい加減に座ったようでいて、お尻と後頭部に一番しっくりくる床と壁の位置です。右手は依然、ポケットの中でジャパリコインをもてあそんでいました。


 スナネコは、サーバルが壊した壁の破片をしげしげと眺めています。


 ツチノコは自分自身の、生来のお人好しな性格にうんざりとしながら、しかし放ってはおけず、

「食べるか?」

 食べかけのジャパリまんを、ひょいと掲げる身振りをしてみせました。

「さっきサーバルたちと食べてしまったので」

 とだけいって、スナネコはしげしげの続きをはじめてしまいます。


 ツチノコは、いよいよこの珍客を鬱陶しく感じてきて、これを食べ終わったらお帰り願おう、と残りのジャパリまんを一口に放り込みました。


 するとスナネコが、

「このカリカリという音はなんですか? ツチノコから聞こえてきますね」

 よりによって、口いっぱいのジャパリまんでほっぺたを膨らました瞬間に、興味の矛先が替わったようです。


 一瞬の間をおいて、質問の意味を理解したツチノコは、飲みくだすのを待たせるよりいいと判断し、ポケットの中からジャパリコインを取り出してみせました。これを無意識に引っかいていた音が聞こえていたのでしょう。


 スナネコはパッと顔を輝かせて、

「なにこれ、光ってるー! きれー!」

 スナネコが自然と手を伸ばしたので、ツチノコはややいぶかりながらもスナネコの手のひらにコインを載せてやりました。


 スナネコは、指先でコインの凹凸おうとつをなぞったり、少し爪をたてたりして見入っています。


「これは、ジャパリコインだ!」

 ツチノコは胸に手を当てて、飲み込んだジャパリまんがゆっくり下っていくのを待ってからいいました。


 お昼の失態を覚えていましたから、少し抑えめに、しかし得意満面で、

「ヒトが作った通貨というもので、価値を交換したり、貯めておくための道具だ!」

「はー」

「光ってるのは、どんな素材かは分からんが、よく磨いてあるんだろう! 通貨が光ることに意味はないはずだ……。でも、きれいだよな!」


 ツチノコは内心で、今度は聞かれたことにだけ答えて、余計なことは喋らなかったぞ、と手応えを感じています。


 すると不意に、それまでコインをめつすがめつしていたスナネコが、コインを頬に当てました。


「あとこれ、すっごくポカポカですね」


 この発言を理解するのには、さっきよりもやや時間がかかりましたが、ツチノコは直前まで自分がコインを握りしめていたからだと気が付くと無性に恥ずかしくなって、しどろもどろになりながら、

「それは……、コインとは関係ない! きょうは陽にあたったから、体温が高くてだな……」

 赤くなった顔を見られまいと、壁に向かって言い訳をするツチノコでしたが、スナネコはといえば、聞いているような聞いていないような顔をしているだけです。


「満足……」

 背中に差し出されたコインをひったくるようにして受け取ると、ツチノコは柱の陰までかけていきました。

 柱の陰から睨みつけて威嚇いかくしてやりましたが、スナネコはどこ吹く風です。



 遠くから、お昼のサーバルとカバンに輪をかけて、賑々しい声が近づいてきました。

 入り口から差し込む、すっかりオレンジ色になった陽光に、二人のフレンズの影がだんだん大きくなって見えるのを、ツチノコとスナネコは少し離れたところで一緒に眺めていました。


 きょうの砂嵐は、またも珍客を連れてきたようです。

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