負け犬とグダグダ呑む夜(謎時空ワンライSS)

使用お題:

負け犬の遠吠え

蕁麻疹

聞き分けのいい子

買い出しのメモ


※「雷獣退治(https://kakuyomu.jp/works/1177354054882867305/episodes/16817330650007881710)」の築城さんが克樹のところに配備されていない世界線。築城配備が正史になった(書籍3巻に名前出した)ので幻の世界線となりました。ちなみに築城家も若竹家と同じ派閥だったような気がする(覚えてないので変わるかも)



『負け犬とグダグダ呑む夜』



「結局、何を言っても負け犬の遠吠えだろ」

 買い物中、スーパーを行き交う人の中から聞こえた声に思わず足を止める。カートに寄りかかって眺めていた買い出しのメモが、ぱらりとカゴの中に落ちた。

「っちゃァ、メモどこ行ったバカタレ」

 愚痴りながら、野菜やら肉やら乳製品やらで埋まったカゴをほじくり返す。存外奥まで入ったらしい。単なる通行人の、なんの脈絡もない言葉が耳に突き刺さる時というのはある。そんなときは大抵、己の側に原因があるのだ。

(まあ、辻占の一種だわな)

 狩野怜路、二十五歳。勝つも負けるもへったくれもないような人生を送っている、自他ともに認めるアウトローなチンピラ拝み屋は、ひっそりとため息を吐いて頭を掻いた。



『結局、今のおれが何を言ったところで負け犬の遠吠えだ。正真正銘のね』

 そう諦め気味に自嘲したのは、怜路の家に下宿している貧乏公務員である。怜路からしてみれば聞いているだけで蕁麻疹の出そうな、堅苦しくて持って回った言い合いの後。少しくたびれたように首を回しながら、実は大きな陰陽道一門のご令息である下宿人は呟いたのだ。

 そう思うんならもう放っとけよ。と、よっぽど口からこぼれそうになった言葉をすんでで飲み込む。間にどんな事情があれど、どれだけの間離れていようとも、その男は……宮澤美郷は、件の一門の未来を背負う、次期当主殿の兄上なのだ。弟を溺愛するスーパーブラコン兄上は、次期当主殿こと鳴神克樹の困難を無視するのは不可能なのである。

 克樹は現在、広島県内の国立大学に通っている。出雲に実家のある彼の初の一人暮らしに際して、鳴神家は「連絡係」という形でいわゆる「付き人」を寄越してきた。諸々の事情あって幼少からの教育係と縁を切った克樹にあてがわれた、実質的な次期側近衆である。

 もうこの辺りで正直、怜路としてはお腹いっぱいなのだが、この次期側近選びというのがまたいわゆる家内政治の重要な争点らしい。

「鳴神家は三つ大きな分家筋を持ってるんだ。継承してる秘術の都合上、あまり血を薄めるわけに行かないから、三分家と本家になる鳴神の中で婚姻を繰り返して、血の濃さを維持してる」

 買い出しメモを探すのが面倒になった怜路が、その場のノリだけで買って帰った惣菜をつつきながら美郷がこぼす。ちなみに買い忘れたのは頼まれていたマーガリンと、今夜のメインディッシュになるはずだった夏野菜カレーのルーだ。流石に温和な下宿人も「一体何を買いに言ったんだお前」と呆れていた。普段よりも一合多めに炊かれた白米が虚しい。

「結局その三分家がまあ、鳴神の側近として代々入れ替わり立ち代わり権力を握ってるんだけど、今、親父の一番近くで権勢奮ってるのは若竹さんと同じ派閥の古狸。克樹のお母さんは別の分家筋の出で、今はその二派閥がバチバチやってるところかなあ」

 ずず、と御龍山の清酒をすすりながら美郷が続ける。それ、殺人事件が起きるヤツじゃねぇのか、とは流石に言わなかった。ウッカリ呪殺されかけた人間の前ではあまりに不謹慎だ、とその程度の分別はまだついている。

 代わりに、怜路はトースターで温めた唐揚げを口に押し込んだ。つまり、現政権の主と、克樹の外戚にあたる分家筋が「次期側近衆」を克樹につけようと躍起になっているのだ。

 二組も「連絡係」を送られれば、マイペースな克樹もさすがに混乱した。音を上げた弟のために、美郷はそれぞれの派閥の連絡係と面会したのだ。だがその結果ははかばかしくなく、果たして話は冒頭に戻る。

「つか、オメーらの親父さんにゃ権力はねーのか」

「無くはないけど、結局親父は『間に合わせ』の当主だからね。元は家を継ぐ予定なんてなかった人で、だからおれが存在してるんだから」

 思わずこぼれた問いへの返答に、怜路は「ははあ」と納得する。思っていた以上に面倒臭そうだ。傾けた徳利が空だったので、フラフラと席を立ちながら怜路は思う。

「……けど、それでじゃあ、簡単に諦めて引き下がるような人でもないとは思ってる」

 聞き分けの良い子を演じるのが得意なのは、多分親父譲りなんだ。

 その小さな呟きは、不思議なくらい誇らしげに響いた。

「今のおれに出来ることなんてほとんどないけどね。まあ、何もできないなりに外野でワンワン吠えて、なんかの足しになればいいかと思ってる」

「そーかい。ならまあ俺も、克樹つついてキャンキャン吠えさせとくかァ」

 あの小型犬めいた坊っちゃんも、もう少し自分でどんな相手が欲しいか主張すればよいのだ。

 樽でもらってしまった酒を汲みに、徳利を持って土間に出る。フラつく怜路の背中に、過保護な兄上の抗議が投げつけられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る