雨水余寒を濯ぐ(23年余寒見舞い)

※23年寒中見舞いSS(22年の続編)


 ***


 如月は雨水の候初日、その二十四節気の名の通り、一日じゅうしとしとと降り続いた雨が、巴に残った残雪を綺麗に溶かし去った。この冬は、近年にない大雪に見舞われた巴市だったが、それももう終わりである。そして――美郷の白蛇の、大切なともだちも北へ帰る時だ。

 ――ゆきへび、帰る?

 ――ユキヘビ、帰ル。

 雨に濡れて溶けぬよう、軒下に段ボールで作られた急拵えの避難所の中。それでもほとんど身動きの取れなくなっていた雪蛇が、よろよろと濡れ縁に出て来た。白蛇はそれに寄り添っている。美郷の隣で見ていたチンピラ大家が、「健気だねェ」と呟いた。

 雪蛇が、雨の降り続く中庭に出る。

 塵に汚れて灰色の体が、見る間に雨に打たれて輪郭を崩してゆく。しょんぼりとそれを見守っていた白蛇が、残雪の最後の一片が消える頃、不意に頭を上へ向けた。怜路がおお、と小さく声を洩らしてサングラスをずらす。

「どうしたの?」

「いや、今――雪蛇の、何つったらいいんだ、アレ。核か? 魂?? が空に昇ってったわ」

 白い尻尾の先をぴこぴこと震わせながら、白蛇も熱心に空を見上げ、舌で空を掻いている。

 ――ゆきへび、行った……。

 雪蛇は、昨冬に美郷らが創ってしまったもののけだ。だが雪の精霊として、しっかり定着してしまったらしい。

「来年くらいにゃ、オメーにも視えるかもだぜ」

 年経るごとに精霊としての輪郭を強固にし、いずれは雪を纏わずとも姿が見えるようになるかもしれない。楽しみにして良いのやら、と美郷は曖昧に笑った。


 数日後。

 冬の名残を惜しむ寒波が巴を訪れ、狩野家の周囲は再び雪景色となった。

 しかし、既にともだちと「お別れ」した後だった雪蛇は、姿を現すことはなかった。

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