白太さんと雪のともだち(22年寒中見舞い)

※22年寒中見舞い(年賀状お礼)SS


 ***


「白太さん、どーよコレ! お前の友達作ったぜ!」

 怜路が得意げに見せたのは、雪の体に南天の目をした白蛇だった。

「雪兎ならぬ雪蛇かぁ、器用だねお前」

 ――ともだち?

 白蛇の嬉しそうな声。嫌な予感に、美郷は眉をしかめた。


 ***


 こつん。

 しんしんと冷える冬の夜。

 中庭に面した障子の向こう、ひんやりと結露しているガラス窓が鳴った。

 何だろう、と首を傾げ、美郷は障子を開ける。

 ガラス窓の向こうには、赤い南天の目をくりくりとさせた、雪の蛇が鎌首をもたげていた。


 ***


 ――ゆきへび、ともだち?

 ――トモダチ。


 向かい合った二匹が、合わせ鏡のように同時に首を傾げる。

 流れ込んで来る、白蛇のうきうきとした思念に、美郷は深く溜息を吐いた。


 ***


 白い蛇が二匹、真冬の濡れ縁でとぐろを巻いている。

「本ッッ当にっ! 申し訳ございませんでしたァ!!」

「流石にこれは有罪」

 雪はすぐに溶けるもの、南天もいずれ朽ちるもの。


 不用意に、あまりにも儚い器に、白蛇の「友達」を宿らせてしまった。

「……とりあえず、昼間は日陰に入っててもらおうか。そうしたら、冬の間くらいは保つだろうし」


​ ***


 巴は決して、雪深いとまでは呼べない土地柄である。


 節分を過ぎ、日足の長さを実感できる頃には、雪蛇は、細った身を浮いた塵で灰色にくすませ、褪せた南天の目ばかりギョロギョロと目立つ姿になり果てていた。

「今週末はよう晴れるようですなァ」

 金曜日の昼休憩。


 事務デスクで弁当を食べる上司の声が、美郷の耳に届いた。

「これで日陰の雪もみな溶けるでしょう」

 雪解けを安堵し、歓迎する先輩の言葉に、美郷の体内で白蛇が悲鳴を上げる。

 美郷は慌てて席を立ち、白蛇を宥めるためトイレに駆け込んだ。


​ ***


「なァ、この白蛇の箸置きとかよくね?」


「だめ」


「そうだ! いっそ、まんま冷凍庫に仕舞っちまうとかさァ」

「駄目」

 雪蛇を残す方法はないか、あれやこれやと案を出す怜路に、美郷はにべもなく首を振る。

「雪に宿った精だよ。移し替えたり、あるべき姿を捻じ曲げたくはない」

 箸置きなど言わずもがな。


 野にあって、春の訪れと共に消えるからこそ雪なのだ。冷凍庫に入れてしまえば、せいぜい細かな氷の塊。悪くすれば、庫内の霜の親戚だ。

 梅のつぼみはまだ固いが、中庭に差し込む日差しは若々しく力強さを増し、辺りの空気は春の気配を纏い始めている。

 南を蔵の壁、西を土塀に遮られて、鬱蒼と常緑の陰に沈む中庭の一角。


 もはや身動きできぬほど溶けた雪蛇の隣に、美郷の白蛇が寄り添っていた。

 ――ゆきへび、消える?

 悲しそうな白蛇の思念に、傍へしゃがんだ美郷はうん、と頷いた。


 だが、ただ消えて居なくなってしまうのは、あまりに寂しい。


 美郷は、ここしばらく思案していた言葉を口に乗せる。

「今年は……この冬は、ね。もう、冬が終わって春が来てしまうから、雪蛇は北へ帰るんだ」

 これまで接してきた、様々な「雪の精」の物語から連想した筋書きだ。

「そして、また冬にやってくる。南天の実が赤くなって、雪が積もる頃にね。だから、見送ってやろう」

 この雪蛇は、呪術者である怜路が与えた姿と定義に、白蛇――大きな妖魔である白太さんの想いが乗って生まれた、真新しい雪の精だ。物語を与えず溶けるに任せれば、そのまま消えてしまうだろう。

 だから、美郷はあえて言葉にして、物語を紡いだ。

 呪術者である美郷の言葉が、それを信じる白蛇の想いが、雪蛇を「その存在」としてこの世界に固定することを願って。

 ――うん。ゆきへび、また来る?

 ――ユキヘビ、マタクル。

 答えるのは、白蛇よりも更に覚束ない片言の、ほとんどオウム返しの返事だ。それでも雪蛇は、白蛇の「友達」だった。


​ ***


 その日、白蛇はずっと中庭の隅に居た。

 日が傾き始めた頃、家事を済ませた美郷は、再び白蛇の所へ足を向ける。

「……雪蛇、帰っちゃったね」

 白蛇の傍らには、茶色くなった南天の実がふたつ、苔むした地面に転がっていた。


​​ ***


 季節は巡り、師走。

 初雪から十日ほどで、本格的な積雪の予報が夕方のニュースを賑わせていた。

 しんしんと冷え込む冬の夜、美郷は早々に布団に潜る。

 灯りを消すと、夕方から積もり始めていた雪が止んだのか、障子の向こうが明るい。月が出ているのだろう。

 白蛇が、体の中でそわそわしているのが分かる。

 くすりと笑って寝返りを打った時。

 ――こつん。と、掃出し窓のガラスが鳴った。


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