びいどろ玉の夢(SFパラレル)
使用お題
偶然を装って
声が届く先に
逆回転の秒針
親不知
注意!
腐ってると言う意味ではなく、世界観的に本編でこれは絶対起こりませんパラレル。
タイムリープとかいうSFネタとオカルトFTは混ぜるな危険。
***
親不知が生えた。まあ、自分の場合十年前に生えても「親知らず」だ。そんなくだらない話をした、翌日のことだった。
「うおっ!?」
拝み屋としての仕事で広島市に来ていた怜路は、突然暗転した視界に声を上げた。平衡感覚が狂う。絶叫マシンに振り回されるような、自由落下するような、あるいはそれよりももっと酷い感覚が怜路を襲う。三半規管どころでなく、頭の中を逆方向にひっかき回されるような不快感だった。
世界の天地を見失い、たまらず尻餅をつく。鈍くさい下宿人ならばともかく、身体能力で食っているタイプの怜路にしてみればとんだ醜態だ。舌打ちと共に大急ぎで立ち上がって、さりげなく周囲を見渡す。場所は広島市といっても中心地からは少し西に外れた、駅を核にした古くからの町並みと、山へと這い上る新興住宅街が交差する街の路地だった。
ここで、頻繁に「プチ神隠し」が起こるという。
なんでもかんでもプチ付けりゃいいってもんじゃねえだろう。などと悪態をついたところで、まあ話も始まらない。プチというだけあって行方不明になるのはほんの一、二時間、短ければ数十分。袋小路の先に消えた人間が、突然別の場所からひょっこり現れる。そして、消えていた間の記憶はないらしい。
時間が短いだけあって弊害も少ないが、子供がハマれば犯罪と区別がつかない。さらには、帰ってきた後で発見されるまでに犯罪に巻き込まれる心配があることから、怜路に封じの依頼がきた。
「つか、封じるどころか……こりゃあやっちまったか」
見渡す景色には違和感が。怜路は思い切り鼻の頭にしわを寄せて、トレードマークのサングラスをずらした。始めて来た場所だ。何が違うのか覚えてなどいないが、と、住宅や町工場が連なる区画から川沿いの道を目指す。見上げる太陽の位置は変わっていない。季節もどうやら一緒だ。
ふと見上げた先の信号が、随分古めかしいデザインをしていた。
白熱灯の電球に色を被せて長い庇を出した、見えづらい灯は今時滅多に見なくなった。平日昼間、通る車は少ない。怜路を追い越していく車種を何気なく確認して、気づいた。
「おいおい、今は何年何月だ?」
どの車を見ても、軽く十年は昔のものだ。
車に別格詳しいわけでなくとも、あからさまに車の「面構え」とフォルムが違う。
咄嗟にポケットを探って携帯を掴んだ。サイドボタンを押しても液晶が面は真っ黒のままだ。腕時計を確認する。年月日まで正確に示すはずのそれも止まっていた。
プチ神隠しの正体は、何かの弾みで空間が歪んでできた、逆回転の秒針のいたずらだった。
自販機に硬貨をねじ込んで、慣れた銘柄の煙草を買う。
最初は千円札を入れたが、まだ現在の紙幣が発行されていない時代らしく吐き戻された。煙草の値段も随分違うし、カード認証がなく誰でも買える状態だ。
「とかって、こんな真似して戻れなくなりゃあ笑えねェんだがな」
異界のものを口に入れるな。狐狸に化かされたら煙草を喫え。さあどちらが勝つかなどと下らないことを考えながら、一本くわえてライターを鳴らす。朱い灯とともにくゆる煙を、ゆっくりと肺腑まで吸い込んで怜路は天を仰いだ。
ここが本物の「過去」なのか、現世と幽世のひずみに生まれた異界なのかは分からない。あるいは、フィクションで見かける「平行世界」もあるかもしれない。この場所の正体はさておき、問題は、どうやって帰るかだ。
「普通に待ってりゃ俺も帰れるかと思ったんだがな」
時計が役に立たないので正確な時間はわからないが、既に三時間以上は経過している。あまり移動しても拙いかと同じ辺りに待機していたのだが、通りがかる地元の人間に不審者扱いされるだけで一向に帰れそうな気配がない。
灰を弾いてアスファルトに落としながら、うーん、と怜路は唸った。
ある程度移動するべきか。「出入り口」のあった辺りを検分しても何の気配もつかめない。サングラスを外して辺りを見ても、ただただ平穏な昼下がりの街があるだけだ。
異界というより、過去あるいは平行世界の可能性が高い。そんな、SFじみた現象など怜路の守備範囲外だ。
悩む怜路の傍らを、小学生の集団が通り過ぎる。下校時間らしい。
まるで怜路など居ないかのように、すぐ傍を子供が駆け抜ける。実際、この世界の人間に怜路は見えていないのだ。やかましい集団が通り過ぎるのを待っていると、後方を歩いていた子供と目が合った。
まだ年齢は一桁だろう。ランドセルを背負うというよりランドセルに着られているような、小柄な男の子だ。優しそうな丸いをぱちぱちと数度瞬かせて、他の子供に呼ばれた彼は集団の中に戻っていった。その子供はおそらく怜路と同じ、「視える」のだろう。しかし、どうにもその顔には既視感がある。
「……誰だ? 知ってる奴か?」
まさかそんなはずはないが、何とはなし見覚えのある顔だ。記憶を探りながら煙草の吸い殻を携帯灰皿に押し込んでいると、ふと再び視線を感じる。
先ほどの子供が、戻ってきていた。
本人は物陰に隠れているつもりらしく、ブロック塀と電柱の隙間からこちらを窺っている。向けられる視線に敵意の色はない。他の子供はとっくにどこかへ行った後だ。
しばらく待っても立ち去る気配がない。
正面から声をかければ逃げそうな雰囲気だったので、何とか偶然を装って話しかけようと怜路は頭をひねった。ポケットを探ると、冷たく丸いものが指に当たる。今朝偶然つっこんだビー玉だった。これは良い、と掴んで感触を確かめる。
家賃滞納下宿人が、廊下に転がしたのを拾ったものだ。本人は「昔なくして、まさかまだ手元にあると思わなかった」と驚いていたが、大切そうなものだったので家賃の質に預かってきた。まあ、転がして拾って貰うくらいは許されるだろう。
かつん、とアスファルトを打ったビー玉が、狙い通り子供の所へ転がっていく。
ウッカリを演出して「うおっ、」と悲鳴を上げながらビー玉を追った怜路の先で、子供がビー玉をつまみとった。
「おっ、悪いなボウズ。ソイツは預かりモンでな。返してくれねえかい?」
ビー玉を拾う素振りでしゃがんで子供と視線を合わせ、怜路はにっと笑って見せた。ぱちぱち目を瞬いた少年が、ぱっと笑顔になる。
「ねえねえ、あのマモノミチから来たん?」
魔物道。子供がそういって指さす先には、怜路が出てきた袋小路がある。お前、わかるのか。言おうとした怜路に先んじて、子供は興味津々に怜路をのぞき込んで言った。
「目、ビー玉とおんなじ色しとる。きれい」
サングラスがずれて色鮮やかな世界の真ん中で、翡翠色のビー玉と怜路の目を比べる少年が、目をきらきらさせていた。突飛な反応に面食らった怜路は、目の前の全てのパーツが幼い顔をまじまじと見つめる。
「マモノミチってのは何か、お前の知ってることを教えてくれるか?」
気を取り直して尋ねる。
「なんで俺が、あそこから出てきたと思った?」
怖がらせないように、と思ったがあまりその心配はなさそうだ。
「なんで? えっとねえ……えっと……」
子供は、言葉を探すように空を見上げて頭を揺らし始めた。本当に説明できないというよりは、なにかNGワードを避けるのに苦労している雰囲気だ。
「俺ァうっかり迷っちまって、帰れなくて困ってんだ。他にあそこから出て帰ってった奴を知ってるなら、どうやってたか教えてくれねえか」
重ねて助けを乞う。裸眼で視る目の前の子供は、とても大きな霊気を内包していた。
「ああ、そうだ。俺は怜路。狩野怜路だ。この眼で見えて、他の奴には見えねえモンを退治してるんだぜ」
子供相手なら、多少ざっくり言う方が通じやすいだろう。そう思ってサングラスを外してニヤリとしてみせると、案の定子供は更に目を輝かせた。そして、怜路の予想の斜め上を行くお返事が飛んでくる。
「ぼく、みやざわみさと! お兄ちゃん、お父さんと同じ正義の味方なん!?」
あまりにも聞き慣れた下宿人の名に、怜路は一瞬完全停止した。
「マモノミチから来た人はねえ、みんなここに来るんよ」
言って「みさと」君が示したのは、怜路が先ほど違和感を見つけた四つ辻だ。こちらは逢魔が辻と呼ばれているらしい。
「なるほどね。それで、ここまで来たヤツらは?」
「アッチにだれかおって、呼ばれてかえってくんよ」
つまり、呼んでくれる人間がいないと帰れないということか。マズいな、と思ってしまう自分が悲しい。
「どしたん?」
うーん、と危機感に唸った怜路を、不思議そうに美郷少年が見上げる。
「俺を呼んでくれるヤツがいるかなって。気づかれてねェかもしれねえし」
「お母さん呼びよる子もおるよ。したら、お母さんきてくれて帰りよる」
帰りたいと呼ぶ声が届く先に、誰かがいるならば。この歳になるとなかなか勇気の要る話だ。
「大人もそうやって帰ってんの? つか、お前はそれを見てるの?」
「ウン。ほんまは喋っちゃいけんのんじゃ。けど、お兄ちゃんはいいもんじゃろ?」
意外と物怖じしないガキである。もう少し引っ込み思案系の少年をイメージしていた怜路は、キラキラした目で見上げてくる子供をよしよしと撫でた。
「そうだぞー。俺はこのマモノミチを塞ぎに来た正義の味方だから、良い子の助けを借りれて凄くうれしいぞー。けどなあ、世の中いっぱいわるものもいるからな? わるものにお前がトクベツだってバレない為にも、あんまり他の友達が見ないモン見つめちゃ駄目だぞ」
鳴神の庇護がなかった幼少期を、霊感の強い美郷がどうやって乗り切ったのか。そういえば怜路も聞いたことがない。母親に多少知識があったのかもしれないが、こんな風に好奇心で怪異を追いかけていては、いつか必ず火傷をする。
「お母さんもおんなじこと言うんよ」
「そうかそうか、おかーさんの言いつけは守ろうな?」
はーい、とバツ悪げに肩をすくめる子供の頭から手を離し、怜路は改めて「帰り道」である辻の先を見た。
「なあ、美郷君。そのビー玉あげるからさあ。いつか大人になって……俺が呼んだ時は返事してくれるか?」
他に、探してくれる相手の心当たりなどない。
「うん。ええよ!」
人なつこく笑って美郷少年が了承する。やくそく、と出された小さく柔らかい小指に、怜路は己の小指を絡めた。くすぐったさに目を細めながら呟く。
「約束だぜ。…………なあ美郷」
『怜路!? どこだ!?』
届いた声に向かって駆け出す。後ろから「お兄ちゃん、またね!」と幼い声が見送る。おう、またな。心の中だけで答えて、怜路は辻を横切った。
世界がぐるりと暗転し、気づいたら見知らぬ川辺に立っていた。
はっと怜路は辺りを見回す。つい先ほど、プチ神隠しの起きる袋小路に到着したはずだった。……踏み入れた瞬間に意識が飛んだということは、恐らく。
「チクショウやられた」
時計を確認すると、つい先ほど見た時より一時間ほど経っている。始末するつもりがアッサリ引っかかってしまったらしい。ここはどこだ、と地図を見るため掴んだ携帯が短く鳴動した。メッセージ着信だ。
「ん? 美郷か」
遠く巴で仕事中の下宿人からである。
「ンだこりゃ。『お前のくれたマグカップ割れたんだけど生きてる?』ってオイ……いや、まあ一瞬この世に居なかったかもな?」
説明は帰ってからとして、とりあえず『生きてるぞ』と返信した。
煙草を探ってポケットに手を突っ込んだが、あいにく朝切らしたままだ。
「つか、アレ、ビー玉どこ行った」
朝、美郷から取り上げてきたビー玉がない。
「やべえ、怒られンぞこれ」
上着をめくってポケットを検分しても穴などはあいていない。何かの弾みで転がり落ちたのだろう。確率が高いのは車の中か。うんうん唸りながら、とりあえず現在地を確認する。
元いた場所までは歩いてせいぜい十分程度。やれやれと肩を落とし、怜路は地図を頼りに歩き始めた。
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