チョイス
(Skebリクエストより)
長期休暇明け、事務室の中には土産物の菓子が溢れる。係内の皆の帰省先や旅行先、果ては、別室にある同課別係の人々のそれ。洋菓子、和菓子、地域限定フレーバーの駄菓子と様々取り揃えて空きデスクに積まれ、休憩時間になると朝賀がそれを配って回る。
「ハイ、宮澤君。選びんさい」
そう言って、昼食後にスマホを構っていた美郷の前に差し出されたのは、高級そうなチョコレート色の紙箱に並んだ、個包装の洋焼き菓子だ。
「いえ、」と一瞬、反射的に断りかけて、すんでで美郷はそれを飲み込んだ。
いかにも高級そうなロゴが包装にプリントされた、クッキーやマドレーヌ、プチタルトの上を美郷の視線は彷徨う。これまでの習慣通り、箱の中で一番甘さが控えめそうなもの――しっとりと濃厚な色をしたココアクッキーを選ぼうとして、また、思い直す。ココアクッキーの手前に、たっぷりとグラニュー糖をまぶされてキラキラ光る、ココナッツ生地のサブレーがあった。
少し迷って、それを選び取る。
「ありがとうございます」
はいはい、と返事をして、朝賀は次の席へ移動していく。美郷のチョイスを見とがめ、言及してくる者はいない。美郷は手に取ったサブレーを物珍しげに眺め、デスクの抽斗に仕舞った。
――その菓子が好物の人間に、喜んで食べてもらえる方が菓子も幸せというものだろう。そう内心頷く美郷に、今度は隣の席から辻本が声をかけた。
「ハイ、これは大久保さんから」
そう辻本から渡されたのは、ご当地フレーバーのスナック菓子だ。
「…………えっ、生八つ橋味……?」
スナック菓子である。一本三十円程度でどこにでも売ってある、コンポタ味やめんたい味が主力の。その、生八つ橋フレーバー。京都土産なのは一発でわかる。わかる、が。
「変なの選んでよねぇ、大久保さん」
あははは、と愉快そうに笑いながら素知らぬふりで、辻本がもう一本渡してくる。間違いなく、辻本の取り分だ。
「ちょ、え、」
「こういうんは、一緒に食べてああだこうだ言う方が楽しいじゃろ?」
ウチは子供が三人おるけぇね、下手に一本だけとかは危ないんよ。言葉ではそう説明をしているが、辻本という人物が、こういったキワモノ系の食べ物を好まないことはなんとなく知っている。
(まあ、いいか)
喜びそうな顔には心当たりがある。確かに、並んで食べて感想を言い合う方が、こういった菓子は報われるだろう。これまた内心で頷いて、美郷は二本のキワモノスナック菓子も抽斗に仕舞った。
その後も、ラスク、フィナンシェ、せんべい、チョコレートと、いくつもの土産物菓子が渡され、デスクの抽斗に入ってゆく。特に渡すもののない自分が、申し訳なくなるほどだ。
「宮澤君、お饅頭は……」
終業前の時刻。どこのものでも区別がつかなさそうな、ザ・土産物といった風情の焼き印入り饅頭の箱を手に、朝賀が立ち止まって首を傾げる。
「あっ、良かったらください」
昨年貰った饅頭は、そうめんと物々交換されて、大変有意義に消費された。今回もきっと、何か良いものと交換できるに違いない。そうにこりと笑った美郷に、これ幸いと朝賀がいくつも饅頭を渡す。
「お菓子入れて帰る袋、ある?」
両手に溢れそうな饅頭を盛られる美郷を辻本が心配すれば、朝賀が、
「あっ、こっちにエエのがあるよ。係長の持って来ちゃったお菓子の袋が」
と、世話焼きを発揮して、上品で高級そうな紙の手提げ袋を取り出してくる。
「ありがとうございます」
機嫌良く手提げ袋を受け取って、抽斗一杯の菓子をその中へ移す美郷を、辻本と朝賀が微笑ましげに眺めていた。
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美郷さん視点で、美郷さんが一人(あるいは怜路さん以外の誰かと一緒)の時に、怜路さんの事をそれとなく思い出す話
というリクエストを頂きました。
「一人きりで」(https://kakuyomu.jp/works/1177354054882867305/episodes/1177354054882867661)
と一対の雰囲気です。
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