おやつの時間

(Skebリクエスト「お菓子を食べるおんてんの美郷さんと怜路さんをお願いします!」より)



「なあ美郷ォ、お前、スイートポテト食えるか」

「うーん、甘いのはやっぱりあんまり……」


「モンブラン」

「栗のあんこじゃん」


「パンプキンプリン!」

「だから……」


 平和に晴れた、秋の休日。朝から狩野家の住人を悩ませているのは、縁側に並べられた秋の味覚たちだった。

「いっぱい貰ったねえ……」

「まあ、それぞれは男二人で常識的な量なんだけどな」

 縁側に面した部屋の畳の上で、二人並んで腕を組む。

「でも、三種類もなに……こう、炭水化物系作物が揃うと……」

 美郷の職場で貰ったカボチャに、怜路の依頼主がくれたサツマイモ、そしてうっかり道の駅で買ってしまった栗。それだけで腹の膨れそうな(そして夕飯のおかずには少々甘い)作物が、二人前×三種類、美郷と怜路の目の前に並んでいる。少し遠のいた太陽が照らすそれらは、どれもぴかぴかと美味しそうだ。

「そして更にコチラ……」

 そう言って、怜路がおもむろにその背後でガサガサとレジ袋の音をたてた。「エッ、まだ何かあるの!?」と、思わず美郷は悲鳴のような声上げる。

「じゃーん、紅玉リンゴ!」

 そう言って怜路が突き出した右手が掴むレジ袋の中には、赤々とした小ぶりのリンゴが四つばかり入っていた。



 どうしてもスイートポテトが食べたいと主張する怜路と、甘味の苦手な美郷の見いだした妥協点は、「アップルポテトパイ」だった。紅玉リンゴを甘さ控えめで煮込み、洋酒も加えて大人の味にする。ポテトはたっぷり生クリームと卵黄を煉り込んで、リッチに仕上げた。パイ生地は市販の冷凍パイシートだ。

 インターネット検索でレシピを決めた二人は、まずパイシートや生クリーム、洋酒やシナモンパウダーなどを買い出しに出た。

 帰宅後は昼食を軽めに済ませ、午後三時頃には完成するはずのおやつに備える。

 食後は大急ぎで母屋の台所を片付け、作業用のスペースを空けた。日頃、散らかし魔の怜路が使っている台所はお世辞にも整っているとは言いがたい。

 まずサツマイモを蒸して裏ごしし、リンゴも煮込んでコンポートにした。パイ皿も乗せる重石もないので、ホールは諦めて、円形に切り抜いたパイシートでフィリングを包んで焼くことにする。フィリングの準備が整えば、いざパイ作りだ。

 インターネット首っ引きで慣れない作業をこなし、ああだこうだと騒ぎながらポテトフィリングとリンゴのコンポートをパイ生地で包む。

「怜路……それ欲張りすぎでは?」

「いいや平気だね、俺ァポテト多めがいい」

「ええー、爆発してもしらないよ」

「ンなこと起きねーだろ」

 比率の美しさ、見目の麗しさを求めようとする美郷と、贅沢欲張り大盛りを求める怜路の、それぞれ作ったパイが二つずつオーブンの角皿に並んだ。時刻は午後三時十五分だ。遠くでまだ、セミの声が聞こえる。

 出来たパイは計八つだったが、怜路の買っていた小さなオーブンレンジでは半分並べるのが精一杯だ。

「コーヒー淹れようか」

 嗜好飲料好きの美郷が、そう言って自分の部屋へドリップ用具一式を取りに行く。母屋の台所へ帰ってきた美郷が抱えていたのは、ドリップ用のケトルにドリッパー、ペーパーフィルタにサーバ、そして中挽きのコーヒー豆だ。その、某有名カフェの名を冠したパッケージに怜路が呆れる。

「お前、貧乏貧乏言いながら、高級品飲んでやがんなァ……」

「いいだろ、最近は家賃も滞納してないし! こういう所をケチると精神が荒むんだよ。精神力勝負の仕事してるんだから、きちんと英気は養わないと」

 反論は認めない、といった口調で断言しながら、美郷が手際よくケトルをコンロにかける。その隣では、オーブンの中でパイが膨らみ、じゅわじゅわとバターが溶け出て、敷かれたペーパーを焦がしていた。

「俺、カフェオレ」

「はいはい。レンジ使えないから牛乳も鍋で火にかけようか。おれのと同じじゃ薄いかなあ……」

 コーヒーは常にブラック派の美郷は、テーブルの上でドリッパーをサーバの上に乗せながら、どの濃さで淹れるか悩み始める。怜路はそれに、「べつに俺は薄くても平気だぞ」と言い添えながら、冷蔵庫から牛乳を取り出した。二口目のコンロに片手鍋を乗せて牛乳を火にかけ、怜路はオーブンを覗き込む。

「おー、あと五分!」

「ちょうど良さそうだね」

 沸いたケトルの火を止めて、湯でドリッパーの豆を湿らせながら、美郷が微笑んだ。あたりには、バターとサツマイモとりんごの良い香りが充満している。

「どこで食べる?」

 食器は現在、台所の中央、作業台として置かれた古いテーブルの上に並べられている。だが、ここはあくまで作業場なので、食事をする空間はない。普通であれば、怜路がねぐらにしている場所が茶の間――一家の食堂なのだが、万年床の延べられたその部屋は到底、季節の味覚を味わう場所とは呼べないだろう。

「縁側に運ぶかァ」

「そうだねえ」

 以前、蔵から見付け出してきた大きな角盆は、最近存外に活躍している。こうして、二人で家の表に出て、何かを食べる機会が増えているせいだ。牛乳の火を止めた怜路は、その角盆を戸棚から取り出した。美郷は丁寧に丁寧にコーヒーを淹れている。そういった、時間と手間をかけるのが好きな男なのだ。

 ピーピーと、オーブンがパイの完成を告げた。盆を慌ててテーブルに置き、怜路はオーブンを開ける。付属の取っ手でオーブンの角皿を掴み出し、傍らの調理台に置いた。

「どう?」

 コーヒーを淹れ終えた美郷が覗き込んでくる。

「イイ感じだろ」

 うきうきと怜路はそれに答えた。こんがりきつね色のパイが、卵黄を塗った表面を艶めかせて目の前に並んでいる。焦げもなく、完璧な焼き上がりだ。

「右半分が怜路のやつだよね」

「おう、別に爆発してねーぞ!」

「えー、まあそうだけど……」

 多少、でこぼこと歪んでいるのはご愛敬だ。

 角盆の上に、コーヒーを注いだカップを二つ、美郷作と怜路作をひとつずつ並べた小皿を二つ乗せて縁側へ向かう。開け放たれた縁側では、庭からトンボが入って中を検分していた。

「よーし、「いただきます!!」」

 二人並んで手を合わせ、小皿を持ち上げて手のひらサイズのパイを掴む。怜路は景気よくかぶりついた。

「あっち!!」

 芯まで熱されたリンゴとポテトが舌を焼く。慌ててパイを小皿に置いて、怜路はカフェオレのカップを掴んだ。

「熱々だねえ……!」

 こちらは上品に端を囓っただけらしい美郷が、さくさくと割れてこぼれるパイの粉を小皿で受けながら、パイの中を覗き込んだ。なお、カフェオレもホットだったため、火事になった怜路の口内を冷やすのは叶わない。

「あー、火傷したわ絶対ェ。でもうんめぇ」

 ふんわりと香る洋酒とバター、歯ごたえを残し、爽やかな酸味と香りのりんご。しっとりと優しい甘さをした、ミルク感あふれるスイートポテト。全てがあたたかく優しい。

「いくらでも食べれそうだなあ」

 などと、美郷が彼にしては大変珍しい感想を漏らした。

「わっかるわー。でもコレ、ぜってー後で来るやつだろ」

 熱々のサクサクに油断して、どれだけの量の油脂と砂糖を摂取しているかわからない。

「晩ご飯、軽めでいいねぇ」

「しょっぱいサッパリしたモン食いてぇなあ」

 言いながら、今はサクサクしっとりと甘い、秋を凝縮したような菓子を堪能する。

「パイ、あと半分あるけど、今日焼いちゃう?」

「いいや、冷凍しとこうぜ」

「やっぱり、焼きたてが一番美味しいもんね」

 また来週、残り半分を焼けばよい。

 そう頷きあって、怜路は二つ目のパイにかじりつき、美郷はブラックのコーヒーをすすった。



 ――実はその「二回目」をうっかり真夜中に実行してしまい、「背徳の味」となるのだが……それはまた、後日の話である。




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