白太さん日記~白太さんと山のおやつ~
Twitter連投で作った、安定のポンコツクオリティSS。ただただ、私が白太さんを補給したかったんです……。そのうちまた体裁を整えてどこかに…出せるといいな……。
『白太さん日記~白太さんと山のおやつ~』
夜。裏庭に出してもらった白蛇は、いつもの巡回ルートを散歩しながら「おやつ」を探していた。普段は大抵、一周すればいくつかおやつに出くわすのだが、今夜はなぜかひとつもいない。
なぜだろう?
白蛇は、鎌首をもたげて裏山の匂いを嗅いだ。山の上にはおやつの気配がする。何もいないわけではなさそうだ。そう思った白蛇は、山の斜面を登りはじめた。夜明けまでには帰っていないと美郷に怒られるが、上の堤程度までならば大丈夫だ。
周囲をころころ転がる、小さくてかすんかすんの小さなおやつを無視して、白蛇は山を登り続けた。ちいさなおやつは美味しくない。
しばらく登ると、「やあいやあい」と声が聞こえた。
いつも山の上から囃し立てる、大きなおやつだ。大きなおやつは賢くて、声は聞こえても見えたことはない。今日こそ捕まえて食べてやろう。そう思った白蛇は、声の方へと方向を変えた。
「やあい、やあい。白蛇が出たぞ」
大きなおやつは囃し立てる。
白蛇の「おやつ」は、美郷たちが「もののけ」と呼ぶモノである。もののけは、山の中でぽこぽこ生まれて、コロコロ下まで転がり落ちてくる。大きくなるまで山の中に居るものも、小さい間に庭まで落ちて来るものも、庭で育って山に帰るものもいるらしい。
白蛇は小さなもののけは食べないので、小さなもののけは庭で大きくなり、あるものは別の場所へ、あるものは手頃な大きさで白蛇の腹へ収まる。
白蛇がどれだけもののけを食べても、もののけが減る様子はなかった。前に食べたもののけと、全く同じ形のものが落ちて来るのもよくあることだ。同じように大きくなって、同じようにけらけら笑う。
まだ姿を見たことのない、大きなもののけは藪の中をがさがさ移動している。
「こっちだこっちだ、来れるものなら来てみろ白蛇」
けらけら笑う声に、白蛇はスピードを上げる。山の中は藪だらけ、岩だらけ、倒木だらけで前は見えない。いつまで経っても追いつけないので、白蛇は木に登ってみることにした。
高い松の枝から見下ろすと、岩ばかりの枯れた小川をぴょんぴょん跳ねる毛玉があった。毛玉は毛むくじゃらの人間の手足を持っており、背中に大きな一つ目をぎょろぎょろ光らせながら小川を上へ上っている。
――おっきなおやつ!
やっと見つけた。白蛇は枝から飛び降り、大急ぎて小川を目指す。白蛇が小川に辿り着くと、毛玉は遠く上の方でぴょんぴょん跳ねて囃し立てた。
「やあいやあいノロマな白蛇、ここまでおいで」
――おやつ、白太さん食べる!!
ずむっ。白蛇は気合を入れて、一回り体を大きくした。
小川の石を蹴散らして登る。石はごろごろと滝のように下へ転がり落ちていく。がらがら、ごろごろ石が転がる小川の上を、白蛇は大急ぎで上った。遠くでぴょんぴょん跳ねていたおやつは、囃し立てながら更に遠くへ姿をくらます。
そうして辿り着いたのは、砂利や水の溜まった、少し広い場所だった。目の前には、高いコンクリートの壁がある。
白蛇は美郷の記憶をひっくり返す。「さぼうだむ」というものらしい。コンクリートの壁には穴が開いていて、そこからチョロチョロと水が落ちている。壁は高くまっ平で、白蛇がよじ登るのは大変そうだ。
その、壁の上から毛玉がぎょろりと目を覗かせた。
「来たな白蛇。お前はいつも俺たちを食うが、俺たちの生まれる場所を知らないだろう。案内してやるからついて来い。そして、たまには俺たちの役に立ってみせろ」
ぎょろぎょろと一つ目を動かしながら、コンクリート壁の上に取り付いた毛玉が言う。
――なんで?
白蛇は不思議だった。白蛇は毛玉の仲間を食べる。毛玉は白蛇が嫌いなはずだ。だが、毛玉は白蛇に「助けろ」と言っている。
――白太さん、おっきなおやつ食べる。
「食うことばかりの食いしん坊め。これからも食いたければ、とにかくついて来い。放っておけば、おまえのおやつも消えてなくなるぞ」
毛玉は苛立たしげに、長い爪でコンクリートを引掻きながら言った。
――おやつ、なくなる!?
それは一大事だ。白蛇は慌てて、ダムの端にとりついた。壁を登ることはできなくても、ダムを迂回して横の崖を登ることはできる。毛玉は大きな一つ目を細めて、それを黙って待っていた。
ダムの上に辿り着いた白蛇は、妙な臭いに気が付いた。山の真ん中に似合わない、おかしな臭いがする。
「気付いたな」
四つん這いで歩く毛玉が言った。
毛玉はとても大きくて、最大サイズの白蛇がようやく丸呑みできるかどうかだ。ダムの上は再び小川が続いていたが、毛玉は小川を逸れて藪の中に入る。
後をついて辿り着いたのは、細いボロボロの道だった。ひび割れて凹んだアスファルトが、崖の上を細々走っている。道の下は藪になった急斜面だが、そこから何か酷い臭いが漂っていた。
――くさい。汚い。めっ。
これは、美郷が怒るものだ。確か、ゴミと言っただろう。
「不法投棄というやつだ」
不機嫌そうに背中の目を細め、爪でがりがりとアスファルトを掻きながら毛玉が言った。
「他所の人間が、車で運んで捨てていく。この崖の下には湧き水があって、俺たちはそこから湧くが、湧水がゴミに汚されてしまってはこの姿になれぬ」
言われて崖下を覗き込めば、ごろごろ薄汚れたゴミの下に、黒い水溜りが広がっている。黒い水溜りはボコボコと泡を立てて、泡はぎょろぎょろと目玉になっては沈んでいた。
――あれ、おやつじゃない。白太さん食べれない。
白蛇の「おやつ」は山の精だ。白蛇は人間が食べられない。なので、人間の気配で汚れた「もののけ」も食べられなかった。食べれば腹を壊す。
「いかにも。ああなれば同胞は生まれぬし、そのうち山自体が弱って何も生まれて来なくなる」
普段は囃してばかりの毛玉が、不機嫌そうに言った。
「山さえあれば、お前が幾ら食おうと我らはまた生まれる。生まれて、消えて、また生まれる。だが、山が死ねばもうだめだ」
――白太さん、どうする?
白蛇はどうすれば良いのだろう。
「お前は人間とつながっている。だから、人間の言葉でアレが何なのかも理解できる。今、俺がアレを説明できるのは、お前がアレを知っているからだ。俺たちは自分だけでアレを理解できない。説明できない。誰かに教えることもできない」
――白太さん、美郷と怜路に言う。
白蛇の意識は美郷と繋がっている。普段、あまり考えることはないが、美郷との繋がりを手繰れば、色々な知識を理解することができた。
「そうだ。お前の宿主は人間だ」
――美郷、しやくしょ。しやくしょ、ゴミ集める。だいじょうぶ。
白蛇は毛玉に約束した。必ず美郷に報告して、あのゴミをどかすのだ。
「――という夢を見ました」
「どエライ詳細だな」
「まあ、全部報告するつもりで、全部見せて来たからね、白太さんが」
朝っぱらから疲れた様子で額を押さえ、美郷が肩を落として言う。
「とりあえず、環境政策課か…いや、通報すればいいんだっけ……」とブツブツそのままこぼしていた。
「不法投棄なァ……この裏山、堤まで細い道があンのは知ってたが……誰が見つけて来やがったんだか」
元々は、この集落の農業用水のため池である。管理のための道が、ほんの車一台分、細々と山の中を走っているのだ。今ではここで稲作をする者もほとんどおらず、管理もされていない状態だった。
「白太さん越しだったけど、なんかドロドロぐちょぐちょしたのが湧いててヤバそうだったし、早めに対策打たないと…」
「しかしまあ、通報相手としちゃあ打ってつけだったワケだな、白太さん」
「まさかもののけ相談窓口になって来るとはね……これからそういうの増えたらどうしよう」
深々と溜息を吐きながら、美郷が出勤の支度をする。大冒険をしてお疲れの白蛇は、既に美郷の中でお休み中だ。
と、突然美郷のスマホが鳴った。取った美郷が物凄い渋面を作る。
「――はい。ええ、大丈夫です。心当たりはあります、すみません」
相手はどうも係長らしい。通話を切って、美郷が深く嘆息した。
「昨日の夜中に、突然山の小川から石が雪崩れてきたって、通報があったみたい。白太さんが蹴散らした石が全部下まで落ちたんだ……はぁ」
「おお…まあ、しゃーない」
これから出勤して、各方面にぺこぺこ頭を下げるのだろう。肩を落として去って行く貧乏公務員の背に、怜路はひらりと手を振った。
終
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