ある一夜のはなし。

いつき

第1話

私は、作家のタイリクオオカミ。

いつもロッジに泊まって、執筆をしている。


このロッジには、様々なフレンズたちが訪れる。

だから、ただここにいるだけで、話のネタは尽きない。


いつもは人を怖がらせる話ばかり考えている私だが、あの日のことだけは、まだ誰にも話せないでいる。

それは、あれがあまりにも荒唐無稽で、恐ろしい出来事だったからだ。


そう、あれは、ちょうどあのふたりが訪れた時の話だ。






「黒い影……。気になるねえ……」


ロッジには、私とアミメキリン、アリツさんの三人が常駐している。

その日は、フェネックとアライグマが、ここを訪れて、私たちと夜を共にしていた。


その時はちょうど、アライグマのアライさんから、旅の理由を聞いていたところだった。

話がひと段落し、アライさんは、積み上げられたジャパリまんを見て、ひとつだけ色の変わっているものを見つけた。


「色の変わっているジャパリまんなのだ!」

「ああ、前の残りがひとつだけあったので、色が違うんですよ」


アリツさんがそう言って説明したが、アライさんは全く聞いていない様子で、大喜びでジャパリまんを手にとった。


「特別なのだ!」


ひとくち、ジャパリまんを口に運び、ご機嫌に食べていた。

そこで、私はいつもここに泊まったフレンズに話していることを、ふたりに話した。


「それにしても、君たち、ここに泊まるなんて、勇気があるねえ」


いつもの語り口調でそう言うと、アライさんは手を止めて、話を聞き入った。


「何があるのだ?」

「ここは、怪奇現象で有名なロッジでね。ここで眠ると、夢に紫色のセルリアンが出てきてね、そのセルリアンから食べられると、二度と目が覚めなくなってしまうんだ」

「怖いのだ! フェネック、ここに泊まるのやめるのだ!」


アライさんは、他のフレンズたちと同じように、怖がってそう言う。

良い表情だ、とフェネックの方にも目をやると、彼女は全く先程までと変わらない様子をしていた。


「アラーイさーん、大丈夫だよー。だって、目が覚めなくなるなら、どうして紫色のセルリアンに食べられたって分かるのさー」


フェネックは、今の話がすぐに作り話だと見抜いていた。

私は面食らい、彼女の頭の良さに感心した。


「よく分かったね。冗談だよ。ここは平和なロッジさ。眠っても平気だよ」

「アライさんとフェネックを騙すなんてひどいのだ!」

「あはは、ごめんごめん」


そうやって会話していると、フェネックが口を開いた。


「私もねー、ひとつ怖い話を知ってるよー」

「ほうほう、聞かせてくれ」


たまには人の話しも聞いてみるのも良いか、と思って私は傾聴に徹した。


「ジャパリまんを狙って現れるセルリアンっていうのがいてねー、食べかけのジャパリまんがあると、新しいジャパリまんと入れ替えちゃうんだー」

「フェネックう!? もしかして、アライさんのジャパリまんがよく無くなっていたのは……」

「そうだよー。なんと、セルリアンの仕業なのでしたー」

「ええ!? なんで知っていたなら教えてくれなかったのだ!?」

「あれー? アライさんのジャパリまん、おかしいなー」


アライさんの手に持っていたジャパリまんは、いつの間にか新しいものに入れ替わっていた。

それは、山積みになったうちのひとつだ。

話に集中しているうちに入れ替えたのか、と私はフェネックの器用さに驚いた。


「ううう! まだ犯人はこのロッジの中にいるはずなのだ! 探すのだー!」

「あ、待ってよ、アラーイさーん」


ふたりは慌ただしく、私たちの元から去った。

私は、その夜の一幕はそれで終わったと思っていた。

だが、話はもう少しだけ、続く。


深夜になっても、夜行性のフレンズは、ロッジの中を歩きまわっていることがある。

だから、鉢合わせることも少なくない。

私は、とある一室で、ひとりで出歩くフェネックと鉢合わせた。


「おや、アライさんはどうしたんだい?」

「寝ちゃったよー。いつも先に寝ちゃうからねー」


私は彼女と、しばらく話をしながら歩いた。

少し話を聞くだけでも、彼女がアライさんのことをどれだけ好きなのか伝わった。

小腹もすいたということで、ほのかに照らす灯りのついた食堂に、私とフェネックは足を運んだ。


テーブルを挟み、他愛ない話をしているうちに、ふと、フェネックが食べているジャパリまんに目がいった。

フェネックは、本当に少しずつ、ジャパリまんを食べている。

まるで、ふたつとない大事なものであるかのように。


しかし、それは個人的な性格だってあるだろうから、私も野暮に拾いあげようとは思わない。

問題はそこではなく、彼女が大事に食べているそれは、さきほどアライさんの持っていたものと同じ色だった。

そして、彼女の食べている側と、ちょうど正反対の位置に、小さな食べ跡が残っている。


私は、それを話題に出すことを、ためらった。

直感的に、触れてはいけないような気がしたからだ。

だが、意を決して、聞いてみることにした。


「そのジャパリまん――――」


私が言葉を続けようとした、その時だ。


ジャパリまんが、どうかしたー?」


彼女は言葉をかぶせるようにして、そう言った。


「いや、それは……」

ジャパリまんだよー? どうかしたのー?」


まるで言葉を覚えたばかりのオウムのように、無感情に同じセリフを繰り返す。


私は、背筋の凍るような思いをした。

野生解放しているわけでもないのに、彼女の目が、ジャパリまんを見つめる彼女の目が、爛々らんらんと輝いていたからだ。


そして、彼女は、ジャパリまんとすっかり食べ終えて、私に言った。


「アライさんを、いじめちゃダメだよ。私のアライさんなんだから」


彼女はゆっくりと立ち上がって、一歩、また一歩と私に近寄る。

私は、逃げることも忘れ、彼女と距離をとろうと、必死にもがいた。

そうしていると、食堂の入り口の方から声が聞こえた。


「フェネックー、何をしているのだー?」

「アラーイさーん。なんでもないよー。私ももう寝るからー」


フェネックは、アライさんが来ると、こちらには目も向けずに、去っていった。


「助かった……?」


私は、床に座り込み、誰に確認するでもなく、ひとりで呟いた。


翌日、ふたりを見送り、私は全てを忘れようと、いつも使っている原稿用紙を取り出した。


「うっ!?」


原稿用紙の表に、鉛筆でぐちゃぐちゃに、真っ黒な線が描きこまれていた。

誰にも渡したことのない用紙が、いつ使われたのか、私は知らない。

だが、少なくとも偶然ではなく、まるで彼女が、忘れるなとでも言うように、私に残していったように思えた。


私は、恐怖で滲む手汗をぬぐって、鉛筆を握った。

あれからずっと書き続け、私はあの出来事を思い出さずに済んでいる。






「――――という話なのだが」


私の書いた作品を読んだアライさんは、驚いて言った。


「ええっ!? フェネック、こんなことしてるのだ!?」


フェネックは笑って言った。


「やってないよー。これは作り話なんだから」

「そうなのだ?」

「あはは、でも、アライさんいじめるのは許さないけどね」

「フェネック、目が怖いのだ……」


お話作りにフェネックの手を借りたのだが、まさかここまで恐ろしい話になるとは、私も思っていなかった。

良い刺激にはなったが、私の『ホラー探偵ギロギロ』に活かせる自信はない。

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