おわりのあと、はじまりのまえ。

赤草露瀬

おわりのあと、はじまりのまえ。

「聞こえますか。こちらサバンナ地方、救助を要請します。こちらサバンナ地方です」

 ひび割れた眼鏡もそのままに、彼女は抱え込んだ薄青いロボットに語りかける。

 とっぷり日の暮れた暗夜、島中をサーチライトで切り裂いて回る軍用機のいずれかが、この救援信号を受信してくれるはずだ。

「こちらサバンナ地方、パークガイドのミライです。私たちはパークセントラルにおいて例のセルリアンの強襲を受け、壊滅しました」

 報告済みの内容でも繰り返さずにはいられない。現状を正しく認識することだけが今の彼女にできる懺悔であった。

 山から響く重低音――耳の底で幽かに感じるだけの雑音に身を竦めてしまう。光で誘導された無数の黒いセルリアンと、同じくらいに真っ黒な航空機が応酬する暴力。現在進行系の悪夢が彼女を責め立てる。

「避難勧告に従って待機していたフレンズさん……フレンズはセルリアンに吸収され、全員が元の動物に戻りました。要収容者は私だけです」

 仕方なかった、と被告人の自分が叫ぶ。サンドスター・ローの供給を絶ち、あんいん橋の攻防はほぼ完全な成功を収めた。パークセントラルは周辺では最も守りの堅い施設であり、日暮れまでは鳥系フレンズの協力で哨戒線も張っていた。まさかあれほど急速な変形を遂げて、フレンズの居場所を嗅ぎつけてくるなんて……あの先走った攻撃機さえいなければ……。しかし検察席の自分はそんな泣き言を聞き入れようともせず、お前は呑気に観覧車に乗ってフレンズと食事をしていただろう、あの時にトドメを刺しに行けば防げたのだと静かに指摘してくる。反論を持ち合わせた弁護人は不在、彼女はただ項垂れて影たちがもたらす裁きを受け入れる他なかった。

 サンドスターを摂取して再び巨大化したセルリアンは、爆撃によって飛び散った無数の子分を引き連れて今やこの島を支配しきっている。しかし軍の攻撃は苛烈であり物量も豊富、いずれ人類側は戦いに勝つのだろう。これまでの地球征服史と同じことが、再びここで演じられるのだろう。

 肩を震わせる彼女の傍らで、ンァォと鳴き声を上げる影があった。その大きな耳としなやかな体躯を彼女の右手が撫でる。

 動物に戻った元フレンズは恐怖に駆られて皆逃げていった。サンドスターを持たないが故に見逃された彼女が目を覚ましたとき、残っていたのは一機のラッキービーストと一匹のサーバルキャットだけだった。身を隠すための移動にも恭順についてきたその姿に『あの子』の面影が浮かぶ。

「要収容者は私一名です。救助を要請します。こちらサバンナ地方です」

 嘘だ。島には勧告に従わなかったり、そもそも勧告を知らなかったフレンズがまだ残っている。動物たちもだ。しかしこの状況では動物やフレンズを探すこともままならない。ここにいるサーバルも島外に持ち出すことが禁じられている――共に避難することは許されない。

 サーバルの耳がぴくりと動いた。その視線を追って彼女が夜空を仰ぐ。プロペラ音を伴って近づく赤い光点を見つけた彼女は、ラッキービーストを地に下ろして硬い頭を一撫でした。

「じゃ、サーバルさんたちをよろしくね、ラッキー」

「マカセテヨ、ミライサン」

 セルリアン討伐が終わればこの島は自律機械による無人管理状態となる。パークの統括者ボスとなるべき機械、その変わらぬ姿が今の彼女にはひどく優しい。

 体温が移ったラッキービーストから手を離し、彼女はサーバルを撫で回す。気持ちよさそうに目を細める可愛らしい顔は『あの子』の照れくさそうな笑みに似ている気がして、涸れたと思った涙が目頭に湧いてくるのを感じた。

「サーバルさん、これ、あげますね」

 脱いだ帽子を耳の上から被せてもサーバルは依然大人しく彼女の前に座っている。

「あなたや、あなたの子孫が、もしまたフレンズさんになったとして。その隣に、一緒に綺麗なものを見て、美味しいものを食べられる、そんな素敵な友達がいますように」

 サーバルキャットがンァォと鳴いた。ラッキービーストもその横で彼女を見上げている。簡素なAIしか搭載していないロボットと、フレンズでなくなってしまった動物。そこに人間の感傷を投影することが人間の驕りだと分かりつつ、それでも彼女は、ここにいる一機と一匹――いや、二人が、別れを惜しんでくれているように思えてしょうがなかった。

 頭上のヘリコプターが強烈なライトで彼女を照らす。明るい円の中には彼女一人、縄梯子が降りてくる。

 輪の外は闇に閉ざされていたが、それでも彼女は言葉を絞り出した。『あの子』たちがそこにいると信じて。

 別れ際に贈る言葉こそ、人間にとって最大の発明であるのだから。

「サーバルさん、ラッキー。……元気で」

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おわりのあと、はじまりのまえ。 赤草露瀬 @akakusa-tuyuse

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