第7話月の兎亭

 「ここかな」


 立ち止まり、看板を見上げる。

 看板には、大きく月のようなものが描かれており、その月を見上げる兎が描かれている。

 『月の兎亭』それがこの宿の名前だ。

 話によると、一階が酒場、食堂になっており、二階、三階が宿になっているそうだ。


 別にこの宿だけが、従魔OKなわけではない。

 他の宿もスペースさえあれば大丈夫だろう。

 そうスペースさえあれば。

 宿のすぐ横に建てられている厩舎の大きさは、ここに来るまでに見てきた他の宿の厩舎より二回りほど大きい。

 そのおかげで、馬以外の動物も入れる余裕があるのだろう。

 まあ、アセナは魔物らしいが。

 

 「アセナ、また、待っててもらえるか?」

 「ワンッ」


 犬語……狼語?は、わからないが恐らく「また!?」と言ったのだろう。


 「しょうがないだろ。人が集まる建物は基本、動物は入っちゃ駄目なんだよ。別に絶対ってわけじゃないんだけどな。その建物の持ち主は大体嫌がるんだ」


 こちらの世界でも同じとは限らないが、きっとそうだろう。

 人は本当に動物に冷たいよな。

 そんなことを考えながら、ドアを開け中へと入る。


 「いらっしゃい! お食事ですか? それともお泊りで?」


 と、恰幅のいい中年の女性が満面の笑みで声をかけて来た。


 「泊まりで。部屋は一部屋と、外に従魔がいるので厩舎もお願いしたいですね」

 「はい、ありがとうございます。宿泊料金は前払いとなっておりまして、朝と夜の食事付きで一泊銀貨五枚となっております。ちなみに従魔というのは?」


 アセナの種族名ってことだよな?

 テオールがウルフって言ってたからそれか?


 「えっと、俺もよくわかってないんですが、ウルフだと……思います」

 「わかりました。厩舎の使用料と食事代は一泊銀貨三枚となりますが、何泊ほどご利用なさいますか?」


 何泊か……家なんてないし、しばらくここに泊まることになるから、とりあえず十日ほど泊まっておくか?

 そんなことを考えているとすぐ背後で


 「お嬢ちゃん。寒いだろう、これを使いなさい」


 と、そこそこ歳がいってるであろう男の声が聞こえきた。

 気温はそこまで低くないと思うが……よっぽど薄着なやつでもいたのか?

 よっぽど薄着なお嬢ちゃん?おいおい、ちょっと気になるじゃないか。


 いやいや、今はそんなことはどうでもいい。


 「そうですね……とりあえず十日ほど泊まらせていただきます」

 「わかりました。お名前をお伺いしても?」

 「ユウヒです」

 「ありがとうございます。料金は大銀貨八枚になります」


 金貨一枚をカバンからだし、カウンターに置く。

 金の価値はわからないが、金貨より大銀貨の方が価値が上なんてことはないだろう。


 「ありがとうございます、こちらはお釣りの大銀貨二枚となります。では、厩舎はこの宿の隣にありますので、ウルフを連れて行ってもらえますか? 厩舎には宿の者が何人かいますので、その者たちにウルフの詳しいことをお話ください」

 「わかりました。それとさっきの食事の話なんですが、朝と夜と言いましたが時間はその……どうやって知るのでしょうか……」

 「もしかして……街は初めてですか……?」

 「はい」


 めちゃくちゃ驚いた顔をされた。

 しょうがないだろ、本当に初めてなんだから。


 「ほとんどの街は、十二時には一回、三時には二回、六時には三回、九時には四回という風に鐘がなります。午後は鐘の回数は同じですが、音が少し違います。朝食は六時から九時までの間で、夜食は六時から十二時の間です」

 「なるほど、ありがとうございます」


 時計……欲しいなあ。

 そんなことを考えながらアセナを厩舎へと送るために、ドアの方へと身体を向け歩き出そうとした時、自分の真後ろに一人の少女がいたことに気がついた。


 少女の背丈は俺の腰ぐらいまでしかなく、白い、とても白い、純白の髪をしており、こちらを見上げている。

 瞳はトパーズのように黄色く、獣のような瞳孔をしている。


 身体にはボロボロの布を羽織っており、隙間からは肌が見える。

 中には何も着ていないのだろうか?

 

 そして、少女の頭には犬の耳のようなものが……


 犬の耳?


 いや確かに耳だ。オシャレか?

 違う、ここは異世界だ。

 これはきっと、獣人というやつなのだろう。

 少女と見つめ合うこと、数十秒


 「あっそうだ。アセナのところいかないと」

 「え?」


 アセナのことを思い出し、扉の方へと向かう。

 

 「ねーねーどこにいくのー?」


 と、先ほどの少女が話しかけてくる。


 「アセ……従魔を厩舎に預けてくるんだよ」

 「じゅうまってなーに?」

 「大切な仲間って意味だよ〜」


 適当に流しながら扉を開け、外へ出て辺りを見回す。


 ……いない。

 アセナが一人でどこかに行くとは思えない……まさか……魔物攫い!?


 「アセナッ!」


 と叫ぶ。

 もしかしたらどこかに隠れて、俺を驚かせようとしているかもしれない。


 「アセナッ! いるなら出てこい!」


 通行人たちが、なにごとだろうかとこちらを振り向いてくる。

 注目を浴びるのは苦手だが、そんなことどうでもいい。


 「なーにー?」


 アセナは人語を喋れないと分かっていても、返事をされると振り返ってしまう。


 「ごめんね。お兄さん今、友達を探してるんだ。邪魔しないでね」

 「ねーねー、ともだちってなーに」

 「アセナッ!」


 少女を無視して再び叫ぶ。


 「だからなーに?」


 少女が服の裾を引っ張ってくる。


 「仲のいい人! 気の許せる人! そんな感じの意味だよ! 君もお母さんが心配しないうちに帰りなさい!」

 「おかーさんしんじゃったよー」


 うっ、やってしまった。

 焦ってたとはいい、地雷を踏んでしまうとは。


 「ご、ごめんね。でも、僕は今アセナって名前の大切な仲間を探してるんだ。後で遊んであげるから今は――」

 「ユウヒなにいってるかわからない」


 なぜ俺の名前を知っているんだ。

 あぁぁ……『月の兎亭』のおばちゃんとの話しを聞いていたのか。


 「アセナはわたしだよ?」


 ……?

 あぁぁ、きっとたまたま同じ名前なんだろう。


 「アセナはね。お犬さんなんだよ」

 「うん!」


 少女は頷くと、体の形がみるみる変わっていき、この世界にきてから一番見慣れた、純白の犬……いや狼の姿になった。


 「う、嘘だろ……」



――――――――――――――――――



 「すみません、さっきの従魔を厩舎に泊めるって話しなかったことにしてください」

 「はい?」

 「いや、そのなんて話せばいいか……俺もわからないんですけど、従魔じゃなくて、二人泊まる事にしてください」

 「は、はあ。じゃあ追加で大銀貨二枚になります」


 カバンから大銀貨二枚を取り出し、カウンターへと置く。


 「ちょうどですね。部屋はご一緒で? それとも別々で?」

 「あっ別べ――」

 「いっしょがいい」

 「べ――」

 「いっしょ! いっしょ!」

 「一緒でお願いします……」


 受付を終わらせると丁度鐘が三回なったので、夜食を済ませ、部屋へと向かう。


 「ごはんおいしかったなー」

 「そうだな」


 夜食は、肉と野菜のシチュー、あとパンだった。

 シチューは少し味が薄く、パンは日本のと比べて硬かったが、今の俺にしたら素晴らしいご馳走だった。


 部屋へと着き、寝っ転がる。

 広くはないが、そこまで狭くもない。

 まあまあ、じゃないだろうか。


 「そういえば、アセナお前人間の姿になれたんだな。もう少し早く教えて欲しかったよ……」

 「だってきかなかったじゃん」


 それもそうだ……


 「疲れたなあ……明日は冒険者ギルドに行って……装備を整えないと………」

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