春、月明りの館に潜入するのです!

叢雲前線

ビビってなんかいないのです......

「もうそろそろ温かくなる季節のはずなのにここだけ異常に寒いのです。」

 あっ、どうもアフリカオオコノハズクの博士です。今日はフレンズからの報告を受けて北方にある館に来ているのですよ。なんでも夜になると中から悲鳴のような音が聞こえるらしく、周辺を縄張りとしているフレンズから怖いと苦情が来ているのです。我々はかしこいのでこうして問題の究明をするのですよ。

「博士、体が震えていますが。体調が崩れているのですか? それとも怖いのですか? 」

「べ、べつにコノハちゃん博士は怖がってなんかいないのです。ただ『けいかい』しているだけなのですよ。(ぶるぶる)」

 辺りはうっそうと木が茂っており、視界を覆っている。ただ、木の隙間から月光が注ぎ込んでおり、我々を導いてくれているようだった。どこかで聴いた『ピアノソナタ第14番』が脳内で自動再生される。この曲を覚えているコノハちゃん博士はやっぱりかしこいのです。

 次第に黒い巨大な塊が姿を表した。前に見たセルリアンよりも倍近く大きく、中は案の定薄暗い。無駄に風通しも良いようで(窓ガラスが割れているので当たり前だが)夜の冷たい吐息が我々の背中を舐める。

「よく見ると、おどろおどろしい見た目なのです。ほんとにここであっているのですか。」

「はい、間違いなくここですね、博士。早速中に入りましょう。」

 ふぇ…… 本当にここに入るですか。

 玄関の戸はバクテリアさんが本気を出したようで手で触れただけでボロボロと崩れ落ちていく。我々フクロウは口よりも足が武器なので他のフレンズよりも握力が強いのかもしれない。

 館は木造で玄関には上がり框のある和風な建物だった。壁も土壁で所々藁がむき出しになっており、住民が立ち去ってからかなりの年月がたったことが窺える。噂では聞いていたものの実物を見たのは初めてだ。パーク内にこんな建物があったとは思いもよらなかった。良いものが見られたのです。

「こういったところでは本来靴を脱ぐのですよ、助手。」

「そうなのですか、博士。」

「でもまぁ、今回はガラスが散乱していて危ないのでこのまま行くですよ。」

 まだ例の奇妙な音は聞こえていない。コノハちゃん博士はおくびょ……(ゲフンゲフン)周りの影響を受けやすいのですぐに気付くはずなのだが…… 聞こえるのは水がポタ、ポタァと落ちる音だけ。きっと雨水でも溜まっているのだろう。

「それにしても人形が異常に多いのです。なんだか見られているみたいで気味が悪いのです。」

 奥はキッチンだろうか? 前にかばんたちが使っていた道具が所々に見受けられる。あの美味しい料理を食べた時に使った道具もちゃんとテーブルの上に用意されていた。しかし、その持ち主はすでに消え、主人を失った道具は少しだけ寂しそうだった。辺りにはゴミが散乱しており薄汚い。この現状から察するに住人は食事の途中だったようだ。 しかも料理ができたという事はここの住民はヒトであった可能性が高い。緊急事態だったという事だろうか。うーん、考えるだけで頭が痛くなってくる。

「博士、こちらに二階への階段があったのです。」

「流石です、助手。早速行ってみるのです。」

 うーむ、行くとは言ったもののこれは階段と呼べるのだろうか。段も所々抜けてしまっているし手すりはずり落ちてしまっている。足で行くとなるとそれこそ無謀だ。全くラッキービーストはなんでここを手入れしないのか。

「これは飛んで行った方が良さそうですね。」

「そうですね、博士。」

「きゃッ!? 」

「どうしたのですか。」

「何でもないのです。」

 ただ水が落ちてきただけだった。それでも助手にそれを言ったら馬鹿にされそうな気がしたので言うのをやめた。信頼し合っているはずなのになんでだろうか? かしこいコノハちゃん博士にも分からないのです。

 二階は大きな広間になっており、そこには畳が敷き詰められていた。ただ、悠久の年月は既に文明を飲み込み始めており、畳に降り立った新たな生命たねが生態系を作り出そうとしている最中のようだ。月明りに照らされた緑が露に映りきらめいている。

「ここには何もないようですね。博士。」

「そうですね、助手。こんな薄気味悪いとこ、さっさと出るのです。」

 何もない、そうだ。何もない。きっとフレンズ達の幻聴だったのだろう。ならば早く帰って美味しいものでもいただきたいものだ。

 ほっと肩をなでおろした。何もないと分かった途端体が言う事を聞かなくなる。極度の緊張感によって張りつめていた空気が一瞬だけ緩んだ。その時だった。

『キィッーーーーー』

 けたたましい声。明らかに生き物の声じゃない。かと言ってラッキービーストのような機械音でもない。ただただ耳障りな高音。

「何の音ですか、これは。」

「分からないのです。一階に戻るのです。」

 下は暗くてよく見えない。月明りも雲に隠れてしまって今は効力を発揮していないようだ。

 しかし、何か近くてうごめいているのが分かる。カサカサと音を立てて、そして時々喧しい高音を吐いて。

 雲が切れた。部屋に光が差し込む。白く光る無数の顔。辺りには30を超える日本人形がこちらを向いて笑っていた。中には腕や首が無いものもありこの世のものとは思えない世界がここにあった。

「逃げるのです。博士。」

 助手が叫んでいる。逃げられるものならそうしたい。ただ腰が抜けてしまって上手く動けないのだ。でも助けを求められない。フレンズ化してから幾千の月日が経ったというのにこんな感情は初めてだ。

「逃げるのですよ、助手。コノハちゃん博士はちょっと動けないのです。このままでは両方とも捕まってしまうのです。」

 人形はすぐ近くまで迫っている。表情の変わらない白い顔。暗闇に光る無数の目。輪郭がぼやけてきた。『ぶつかる!』そう思った時には意識を失っていた。


「博士、博士。」

 遠くで助手の声が聞こえる。次第に視界も明度を取り戻し、いつも通りの助手の姿が目に映っていた。

「一体、どうして…… 」

「どうやらカラクリ人形だったようです。あの高い音は人形とガラスがこすれて出ていたみたいですよ。」

「もう、驚かさないで欲しいのです。」

「でも博士のビビってるところが見れて今日は満足なのですよ。」

「ビビってなんか…… ちょっとだけ臆病なだけです。」

 人形はラッキービーストたちによって回収されていった。もしあれがセルリアンとなっていたら…… 考えたくもない。その後フレンズから連絡も入っておらず事態は終息したと思われる。


「博士。」

「なんですか、助手。」

「いや、なんでもないのです。」

 その時、助手の顔が一瞬だけ赤くなったのをかしこいコノハちゃん博士は見逃さなかった。

「いつまでも一緒にいてくださいね。助手。」

「当たり前です。博士。」

 暖かな春の日差しに桜の花がひらりと一枚舞った。きっと来年も再来年もこれからもずっと素敵な花を咲かせてくれることだろう。かしこい我々にはそれが分かるのです。 

 


 

 



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