ミイラ取りのギンギツネ

空伏空人

第1話

「やぁだぁ……一回遊んでからぁ」

 ゆきやまちほーの温泉宿から、間延びした声が聞こえてきました。

 白い湯気がもくもくとあがっている温泉宿には、ゲームセンターがあります。そこでは、人がいなくなったパーク内では珍しく、電子音と光に満ちています。

 そこで、一人の女の子がゲームの筐体に伏せてうだうだ言っていました。

 薄いオレンジ色の髪をした女の子です。

 うー。と気だるげな眼で筐体の画面を睨みながら、頭の上にある黒くて三角の耳をぴこぴこ動かしています。筐体の画面ではトゲトゲの吹き出しに囲まれた『GAMEOVER』という文字が点滅しています。

「ダメよキタキツネ、あと一回って約束だったでしょ?」

 そんな彼女を、ひとりの女の子が両手を腰に添えて睨んでいます。

 雪にそっくりな銀色の髪をした女の子で、目尻がきりりとしています。

 彼女の名前はギンギツネ。

 筐体の上でだだこねているのはキタキツネです。

「ほら、さっさと温泉に入ってきなさい」

「やぁだぁ……あと一回ぃ……」

「さっきもそう言っていたでしょう? 約束よ。入ってきなさい」

「次こそは……もうちょっとで勝てそうなの……」

 すがるような目で、キタキツネは筐体の上に頭を置いたまま、ギンギツネを見上げます。ギンギツネは呆れたように額に手を添えます。そして、筐体の画面を見てから尋ねました。

「ねえ、それってそんなに面白いの?」

 キタキツネの目がギラリ。と光りました。さっきまで梃子としても動かなかったのに、すぐに起き上がると、ギンギツネの顔に自分の顔を近づけます。

「面白い……! すごく、とっても……! 面白い!」

「へ、へえ。あなたがそこまで言うなんて、珍しいわね……」

 興奮していて、鼻息の荒いキタキツネの肩を押して、ギンギツネはある作戦を思いつきました。にやり、と口元を緩めます、

「ねえ。だったら、こういうのはどうかしら?」

 ギンギツネは筐体に手を添えます。キタキツネは首を傾げました。

「私とあなたで、このゲームで勝負をする。私が負けたら、もう少しゲームをしていていいわ。でも、もし私が勝ったら、これからは私の言うことを聞くこと」

「……それって、すごくギンギツネに有利な条件な気がする……」

「気のせいよ」

 キタキツネはじとり。とギンギツネを睨んで、唇を尖らせました。ギンギツネは目をそらしました。

(さすがにバレるか……)

 そんなことを考えながら。

 しかし、キタキツネは少し考え込むようなそぶりを見せてから。

「いいよ」

 と答えたので、ギンギツネは少し驚きました。

「いいの?」

「うん。だって……ボクが絶対、勝つから」

 ふんす。とキタキツネは鼻を鳴らすので、ギンギツネは顔をむっとさせました。


***


勝負はシューティングゲーム三本勝負になりました。

選んだのはギンギツネです。キタキツネが自信満々に「どれでもいいよ」と言うので、自分でもできそうなので、かつ、勝てそうなものを選んだつもりです。

格闘ゲームはキタキツネが大得意なので、絶対に選べません。対して、シューティングゲームなら、ただ撃てばいいだけだから、初心者でも勝てると高をくくったのです。

結果は。

 キタキツネの三連勝でした。

 どかーん。と壊れた自機を見て、ギンギツネは筐体を叩きました。

「なんで!?」

「ギンギツネ……ゲームは叩いちゃダメ」

 反対側の筐体に座っているキタキツネが顔だけをひょこりと出して、そんなことを言ってきました。その顔は勝ち誇っていて、いつもよりも元気そうにも見えます。

 ふふん。と鼻を鳴らします。

「これで……もうちょっとゲームやっていいんだね?」

「もう一回よ。もう一回勝負よ! あなたを調子にのせてはいけないわ! もう一回! 別のゲームで勝負よ!」

「いいよ……どうせまた、ボクが勝つから」

「次は分からないでしょう!」

 負けた。負けた。負けた。負けた。負けた。負けた。

 六連続で負けてしまいました。

 ぷしゅうう。と頭から白い煙をあげて、ギンギツネは筐体の上に倒れています。キタキツネはやりたかったゲームを存分にできて満足したのか、鼻歌をかなでながら、どこかに行ってしまいました。

「うぐぐぐ……」

 ゲームセンターに残されたギンギツネはのそりと頭を動かすと、悔しそうに呻きます。

「悔しい。悔しいぃ……!」

 その日は夜の間ずっと、ゲームセンターの光が消えることはありませんでした。


***


「……ギンギツネ」

「なによ」

 次の日です。

 朝起きて、さっそくゲームをしようと考えたキタキツネは、ゲームセンターに向かって、そこにいたギンギツネの姿を見て驚きの声をあげました。

 ギンギツネが自分よりも先に、ゲームセンターにいることにも驚きましたし、なにより、その目が真っ赤っかになっているのにも驚きました。

「どうしたの……ギンギツネ。目、真っ赤だよ」

「昨日、あんまり寝れなかったの。それよりキタキツネ。ゲームで勝負よ」

「うえっ?」

「今日こそあなたからゲームを取り上げてみせるわ。ゲームは一日一時間。これを守らせてみせる!」

「ギンギツネ……」

「なに!?」

「……なんでもない」

 キタキツネはなにか言おうとしましたが、それは言わない方が得だな。と判断して、言うのをやめました。

「いいよ。ゲーム勝負……どうせボクが勝つけどね」

「今度は分からないわよ!」

 これなら、しばらくはずっとゲームで遊べそうだな。と内心ほくそ笑みながら、キタキツネは鼻をならしましたとさ。おしまい。

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