臆病者のフレンズ

米車

第1話

 緩やかに流れる緑褐色の広い川。

 そこは、周りは森に囲まれ、泥が落ちて木の根っこが剥き出しになっても倒れる事のない大きな木が、しなって川岸に覆いかぶさっている。

 ゆっくりと流れに扇がれる藻が、この雄大な大自然を穏やかに彩り、一コマ一コマに表情を変える自然の内面を映し出すかのような、そんな趣きを感じさせる。

 そんな本来の時間よりものんびりと時を刻む水面にぽつんと、水の輪が何重にも広がる。

 輪の中心でポコポコと気泡が弾ける。そこからゆっくりと顔を出したのは緑色の髪にもみあげが鮮やかな赤色の少女だ。

 少女はビクビクと水面から頭を半分出してキョロキョロと周りの様子を伺うと、すいーっと川を泳いで川岸に上がり、陽当たりの良い、少し大き目の岩の上に登って日向ぼっこを始めた。

 彼女が日向ぼっこをしながら見つめる先には不思議な形をした山があり、それは、まるでこの自然に囲まれた広大な大地、ジャパリパークを見守るように静かにそびえ立っていた。


 しばらく日向ぼっこをしていると、がさがさと樹林から音がしたので少女はびくりと頭をあげて音のする方に視線を向けた。その音が鳴り止むまでじっと動かず見ているとピタリと音が止み、草木の間から黒いシルエットがばたりと川岸に倒れこんで来た。

 少女は何事かと最初はビクビクとしていたが、その黒いシルエットの何かが動かないので岩から降りてゆっくりと近づいてみた。

 見れば、それは黒い毛皮と丸い耳のある女の子で、少女は心配になって彼女の側に駆け寄る。


「あのー、大丈夫で……」


 彼女がそう声をかけた瞬間。黒い女の子はガバッと起き上がって


「わあああああああ!!!」


 と大きな声を出した。

 いきなりの出来事に少女は


「きゃああああああ!!」


 と悲鳴をあげてその場にうずくまり、身体を覆う緑と黄色の鮮やかな模様を持った甲羅が出現して、その中に身を隠した。


 *


「ごめんね?私はオポッサムっていうんだけど、他の子を驚かすのが好きで、びっくりさせちゃったよね?貴女はなんていうの?」


 オポッサムは目の前の甲羅に申し訳なさそうに手を合わせて座り込み、その丸い耳と細長い尻尾をピクピクと動かした。

 しばらくして、甲羅がキラキラとした不思議な光に変わって、甲羅の中にうずくまっていた少女がゆっくりと顔をあげた。

 オポッサムは目を瞑ってじっと返答を待ちながら、中々口を開かない少女の顔を片目を開けてチラリと伺った。

 少女は上目使いでオポッサムの顔をジッと見ていて、ビクビクと怯えた表情で恐る恐る口を開いた。


「すみません……。私、アカミミガメって、言うんですけど、臆病者で、少し、大袈裟な態度を、とってしまいました……。えっと、オポッサムちゃんは、どうしてこんな、場所に?」


 オポッサムは少し考え込んで、うーんと唸ると、手をポンッと叩いた。


「私の知らない、楽しいフレンズが居るとおもったからかな!」


「ここには、私以外のフレンズは、あまり来ないから、楽しいフレンズは、ここには居ないかも、です」


 アカミミガメが消え入りそうな小さくて細い声でそう答えると、オポッサムは「そんなこと」と大きなリアクションをとってアカミミガメの発言に首を大きく横に振った。


「貴女と逢えてすっごく、すっごおおく嬉しいから!貴女と居れば楽しくなりそうだし!」


「そ、そんなこと。私なんて、暗くて、良いとこなんて、なんにも、ない、し」


「そんなこと!」


「そ、そんなこと」


「そんなこと!!」


「そ、そんなこと」


「そんなこと!!!」


「そ、そんなこと」


 そんな相対的な二人の鸚鵡返しがピタリと止み、自信なさげに小さな肩を落とすアカミミガメをオポッサムは丸い耳と尻尾をしょんぼりと下ろして見つめる。しかし、彼女は何か思いついた様にぴんっと耳と尻尾を張って「そうだ!」と立ち上がって、ポンッと手を叩き、嬉々とした表情でこう言った。


「私と楽しいこと、探しにいこう!」


 そう言って急に川岸を川の上流に向かって歩き出し、突然のことに戸惑うアカミミガメを手招きした。

 しばらくすると先行していたオポッサムがピタリと止まる。


「この橋を渡った向こう岸に見える山にね、じゃぱりかふぇ?っていうのがあるんだって!私も一度行ってみたかったから、アカミミガメちゃんも一緒に行こー!」


 オポッサムは元いた川から大分離れた上流にアカミミガメを連れてくると、歩き疲れた様子の彼女にそう言って橋を渡り始めた。

 アカミミガメがいた川より少し上流の方にあるその川には橋がかかっており、そこをオポッサムはひょいひょいと渡り、アカミミガメは直接川を泳いで渡る。しかし、突然


「あぁ!」


 と素っ頓狂な声を上げてオポッサムは橋を踏み外し川に落ちてしまう。しばらくしても彼女が浮いて来ないのでアカミミガメが心配になってぶくぶくと泡立つ場所に急いで泳いでいくと


「ばああああああああ!!」


「きゃあああああああ!!」


 突如、ザバァと水面から飛び出すオポッサムに、アカミミガメは驚いて水中に潜ってしまった。


 *


「なんで泳げないのに無理するんですか!」


「いやぁ、これアカミミガメちゃん驚くかなぁって思って。試さずにはいられなくてさぁ」


 泳げないのに川にわざと落ちたオポッサムはアカミミガメに助けらた川岸で、あははーと笑った。

 アカミミガメはそんな彼女を見ると呆れてため息が出たが、なんだか不思議と笑みがこぼれた。


「とりあえず!じゃぱりかふぇにしゅっぱーつ!」


 元気よく起き上がってオポッサムは森の奥にそびえ立つ山に歩き始めた。


 山に着くとそれは大きな岩山で、これを登るのは不可能だろうと一瞬で理解できるものだった。

 ここを登るのかと疑問になったアカミミガメがオポッサムの方を見ると、オポッサムはその横にある錆びた建物に近づいて行った。


「あそこに何かあるん、ですか?」


「あそこにはねー、山登りのろーぷうぇいがあるんだって博士が言ってたんだー」


 その珍妙な響きの言葉に眉を顰めたが、とりあえずオポッサムに着いていくことにした。

 オポッサムが笑顔でアカミミガメを見ながら後ろ歩きをしてくるので、アカミミガメは少し照れ臭くなって上を見た。

 すると、山の上の方にある木の根っこがベリベリと剥がれ、オポッサムの丁度真上に落ちてくるのが見えた。


「オポッサムちゃん!」


 咄嗟にそう呼びかけるが彼女は全く気づく様子がなく、首をかしげる。

 アカミミガメはオポッサムの方に駆け出して、彼女飛びつき抱えると、二人を覆う様に鮮やかな模様の甲羅が出現し、落ちてくる木の根っこから二人を守った。

 突然の事にオポッサムは何事かと戸惑うが、甲羅が消え、近くに落ちた木の根っこを見て目を丸くした。

 アカミミガメはオポッサムから離れてへたりとその場に座り込む。

 オポッサムは驚愕の表情のまま上半身を起こし、こちらを心配そうに覗き込む、自分の危機を救った彼女を見ると優しく微笑んだ。


「ありがとう」


「よかった、本当に、よかった、です」


 オポッサムは目に涙を浮かべる彼女を優しく抱きしめると耳元でそっと囁いた。


「私ね、貴女の良いところ分かったかも」


「え?」


 アカミミガメがその言葉に驚き顔を上げると、オポッサムは彼女と目線を合わせた。


「アカミミガメちゃんは、誰かを守る為の力と、優しさを持ったフレンズなんだよ。きっとね」


 その言葉にアカミミガメは感極まって、泣き声をあげてしまう。

 オポッサムはそんな彼女を、再び優しく抱きしめるのだった。

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