かくれんぼ

和平 心受

第1話

「新しい、あそび、ですか?」


 ゆうえんちの一件の後、かつて無い規模のセルリアンを倒した事を祝うパーティが催される運びとなった。


 ――だが諸々の準備もあり正式な開催にはまだ時間を要していた。


 かばんが旅をして得た絆、色んなトモダチ。


 それが、一つのネックとなった。


 博士&助手がカレーをまた食べたいと言い出したのが何より大きい。現在数人のフレンズが、図書館に準備をしに向かっている。


「ああ、折角これだけの数のフレンズが居るんだ。なにか、ないか?」

 陣営のフレンズが手伝いに出払い、ヘラジカは少し暇を持て余していた。ライバルであるライオンは、

「いいじゃん、ゆっくりしてようぜぇ。ああ、カレー楽しみだなぁ」

 一段高いところに寝転がり、ゴロゴロとしている。

 同じく陣営のフレンズの数人が手伝いに向かっており、王様モードは解除。そうでなくても先の一件以来、大手を振って昼寝をするようになってしまっていた。


「そう、ですね……」

 顎に手をやり視線を泳がせるかばん。


「狩りごっこなんてどうかなっ!」


「うーん、狩り、ですか」

 すかさずサーバルが得意の遊びを提案する。初めて二人が会った時に行われたものであったが、どうも考えるに、足の早いフレンズに有利な遊び。


 今ゆうえんちに残るフレンズは様々で、中には足の遅いフレンズ、あるいは空を飛べるフレンズも居る。空を飛んでしまっては狩りごっこにはならない、しかし空を飛べるフレンズが飛ぶことを制限されて、果たして逃げられるのだろうか。


「ちょっと、難しいですね」


「えぇー」


「そうかぁ。棒と風船は置いてきてしまったしなぁ」

 後頭部に手を回し、ヘラジカは残念がる。ふぁ~あ、とライオンは呑気にあくびをかいている。


 周囲を見渡すと、迷々にフレンズたちはゆうえんちのあれこれで思い思いに遊んでいる。しかし、確かに、これだけの数が揃っていて一緒に遊べないのは少し残念だな、とはかばんも思った。みんなが好きに遊ぶのが悪い訳ではないけれど。


「解りました。一度図書館に戻りましょう。あそこなら、きっと色んな遊び方もわかるはずです」

 



 そして。




「かくれんぼをしましょう」


「「かくれんぼぉ?」」

 集まった声が重なった。


「ふふーん、かくれんぼはねぇ、隠れるあそびなんだよっ」

 かばんの隣で、サーバルが胸を貼る。かばんとサーバル、そしてブレスレットになったラッキービーストは図書館でその本を見つけた。


「我々が本の有りかを教えたのです。主なので」

「そうです。我々は何でも知っているのです。賢いので」


 それに続いてアメリカオオコノハズクのハカセ、ワシミミズクの助手もまた、ゆうえんちへ戻ってきていた。本来二人はカレーの道具や材料を集める為にフレンズを連れて図書館へ戻っていた。そこへ訪れたかばんとサーバルに尋ねられ、再び遊園地へ送り返す為に同道した、という流れである。


「はい、とりあえずこれが一番解りやすいんじゃないかなぁと。

 ですので、一度やってみましょう」


 まだ戻ってきていないフレンズも多いが、日も暮れ始めていた。とりあえずのお試し、という事で今居るフレンズで、かくれんぼは行われる事となった。




 簡単にルールを説明する。まず鬼と隠れる側に別れる。鬼が目をつむり数を数え、その間に他の皆は逃げる。範囲はゆうえんちの柵の範囲内だ。また、高い所へ隠れる事は禁止。したがって、鳥のフレンズも隠れている時は地面に居なければならない。しかし見つからない限り移動を繰り返すのは有りで、その間に関しては制限はない。


 ちなみにこの遊び最強となるであろうカメレオンはカレー準備班である。


 鬼は隠れたフレンズを見つけたら「だれだれ見つけた」と呼び、呼ばれたフレンズは捕まり、最初の位置へ移動。全員が見つかるか、時間が遅くなるまでこれを続ける。


「こんな感じなんだけど」

「難しそうだなぁ」


 数人かは顔を見合わせ少し困った顔をしている。PPPペパプの面々もその中にあった。


「とりあえず、やってみようよ」


 と、場が静まりかえりそうになったその時、声を上げたのはサーバルキャット。いつも前向きなサーバルは今まさに始まらんとする遊びに胸を踊らせている。そして何より底抜けに明るい彼女の姿勢は、場を一瞬で盛り上げてくれるのだ。


「私たちは周辺を回っているから、もしセルリアンに遭遇したら大きな声で呼んでくれ」


 熊の手を肩にかかげ、ヒグマが言う。責任感あふれる彼女たち三人は、残念ながら不参加である。他にも、


「私は記者に徹しさせて貰おう。またとない機会だ」


 ノートとペンを手に、タイリクオオカミ。凛とした態度にマイペースな作家根性。そして、何よりその目に宿る創作意欲の炎には、流石に何も言えるフレンズは居なかった。


「では、最初に鬼を決めましょう」


「鬼は かず、というのを数えなければいけないんスよね」


「ゆ、指で数えるのでありましょうか!」

 問題発生である。


「では、ぼくが鬼をやります」

 そうなった。




 あまり遅くなると眠くなるフレンズが居る為、終了時刻はラッキーが知らせる。


「夜、七時ニ終ワリニスルヨ」ブレスレットとなったラッキービーストが応える。


 後の問題は、それでも結構な数が居る事である。ヒトだと解った。木登りも上手に、ジャンプも上手くなった。それでも、足の早いフレンズ等には敵わず、更にかばんは本来、とても臆病なのだ。


「うぅ、大丈夫かなぁ」

 言い出した事とは言え、不安はあった。


「あ、カバンちゃんが鬼なら、ワタシも手伝うよぉ!」

 最早それが当然かのようで。サーバルは言い出した。


「えぇ?で、でもサーバルちゃん」

 問題が無い訳ではない。難易度が変わってしまう。つまり鬼が随分と有利になってしまうのだ。


 しかし、


「うん、いいんじゃないか」

 細かいことは気にしないのだ。


「二人はホント、仲良しよねぇ」

 むしろそれを、喜んで認めてくれる。


「ありがとう、サーバルちゃん」

 だから、かばんも素直にありがとう、と返した。


 それから改めて皆に向かって、

「わかりました。ではサーバルちゃんと僕で鬼をやります。いちおう、ゲーム性も考えて僕達は一緒に行動します」


 かくれんぼに参加する事となったのは、

 鬼 かばん・サーバル。

 隠れる側 コツメカワウソ スナネコ アメリカビーバー プレーリィドッグ ライオン ヘラジカ ハシビロコウ アメリカオオコノハズク(ハカセ) ワシミミズク(助手) アミメキリン キツツキ ギンギツネ キタキツネ アライグマ フェネックである。他のフレンズはパーティの準備で出かけてしまっている。


「あぁ!なにすんだヨ!はなせぇ!」

「何を隠れているのだ!一緒に遊ぶのだぁ!」

「一人で隠れてないで行くよー」

 そこへ、アライグマとフェネックに両脇を固められ、ズーリズーリと、ツチノコが発見された。


「知るカヨ!オレは一人でじっとしてるのが好きなんだヨ!」

 ジタバタ、顔と両足を振り、抵抗する。


「ツチノコー?」

 と、そこへ近寄るスナネコ。ぽややーんと首をかしげ、


「この遊びは、そもそも、隠れてじっとしている遊びなのですよ」


 つまり参加、という事にしておけば何の問題もない話なのだ。


「お、おぅ……それなら」


 反論の余地はなし。ツチノコの参戦が決定した。




「きゅじゅうきゅう、ひゃーく」

「ひゃーくっ!」

 壁に向かって目元を隠し、ゆっくりと二人は数を数え終える。


「もーいいかーい!」声を上げ、「まーだだよ」と返ってこなければゲームの開始である。サーバルは浮かれ足、トットっとステップを踏みかばんの正面でグっと力を込めた。


「さぁ、どこから探す? かばんちゃん!」


「うん、とりあえず今は数も多いから、ゆっくり行こう」


 広いゆうえんちである。建物も多く、しらみつぶしがまずは最良手だと考えた。二人はまずはと歩きだす。


「どこかなぁ」


 前かがみ、サーバルは目を凝らして回りを見やる。


「近くには、いないんじゃないかな」


 アハハ、とかばんは笑う。やっぱり、サーバルと一緒だと気持ちが楽になる。一人だったら、きっともっと必死だったかもしれない。けど、今は


「ワクワクするね」


「うんっ!」


 ワクワクが強いのだ。



 観覧車。


「居ないねぇ」


 流石に道端に出ているフレンズは居ない。二人はまず近く、観覧車の付近へ移動した。


「皆、隠れるの上手だね」


 とは言ったもののゲームである。楽しむ為にはこちらもそれなりに頑張る必要があった。サーバルは目をこらし、かばんは小さな事にも集中した。


「あれ?」

 かばんが声を上げる。


「なになに~?」


 サーバルが来て、かばんの脇から覗き込んだ。小さなブース。赤い塗装が色あせ、所々がはがれ、錆がむき出しになっている。ドアは無く、影となった内部。そして、そこからはみ出しゆれるクリーム色の尻尾。


「どのフレンズさんでしょう」


「近づいてみようっ」


「そっと、ですよ」

 示し合わせてそろりと近寄る。


「スナネコみぃっけ」

 スナネコであった。覗き込んだ影日向の中、呑気にお昼寝としゃれこんでいる姿が其処にはあった。


「ん。……ふぁー」

 顔を起こし、薄く目を開く。大きなあくびを一つ。


「見つかりました」

 目をごしごしとこすり、起き上がる。


「つい、寝てしまいました」


「スナネコらしいねぇ」


 非常に飽きっぽいスナネコである。待つ、という行為に耐えられず飽きたものと思われた。


「……で、どうするのでしたっけ」


 ぽややんと、すっかり諸々を忘れ去ったスナネコは訪ねた。




 スナネコを見送り、サーバルは幸先の良い滑り出しに興奮を隠せない。


「よぉし、次も見つけちゃうぞぉ!」


「そうだね、サーバルちゃん」


 心配があるとすれば、最初の場所に戻る途中で、またスナネコが飽きないかと言う点だった。


「あはははっ」

 と、其処に聞こえる声がした。


 見ると、カワウソが、むしろこちらに走ってくる姿が見える。


「カ、カワウソ!」

 サーバルが素っ頓狂と驚く。


「たーのしぃー」


 カワウソは走る路の側に灰色の山を見つけるや駆け上り、象を模した小山に鼻を模した滑り台を見つけると、それに飛び込んだ。


「わーぃ!」


 ササー、いつか見たじゃんぐるの川のそれよりも勢いよく滑る。到着地点には砂場があり、ザッ、カワウソが砂場に飛び込むと砂が勢いよく舞った。


「あはははははっ」

 すっかりご満悦である。


「カワウソちゃん、見つけた」

 が、それはそれこれはこれ。一応、今はそういうゲームである。


「およ?」


 二人目のフレンズ、ゲットであった。




 そしてカワウソを送り出し、二人は次へ向かう。


 スナネコに続き、カワウソもまた、途中で遊び始めてしまう事が懸念されたが、一応スナネコと遊ぶ事を勧めておいた。


 心配は残ったが。


「大丈夫かなぁ」


 そのせいでむしろゲームどころではなない。


「大丈夫大丈夫!さ、次行こうっ」


 と、サーバル。実際、心配したってどうにもならないし、ゲームもまだ二人を見つけたばかり。


「そうだね」

 かばんも気持ちを切り替え、歩き出した。




 ある路の上。


 場面は変わる。


「はぁ、はぁ」

「疲れたぁ」

「早いわよ! 頑張って!」

「そうだぞ、早く隠れないと」


 赤いレンガ模様に路の上、ヨタヨタと進むのはジャパリパークが誇るアイドルユニットPPPペパプの五人、そして


「頑張って! 嗚呼、溢れる汗に濡れる姿! アイドルは逃げる姿をとっても美しいわぁ!」


 かたわらにあって彼女らを応援するのは先のライブで一躍PPPペパプのマネージャーに就任したマーゲイ。


「そ、そうよ! 私たちはアイドル! 逃げる時だってアイドルらしく! よ!」

 ロイヤルペンギンプリンセスが皆を激励する。


 最早目的は見失われていた。


「アイドルらしく逃げるって何だよ……」

 コウテイペンギンコウテイが息を整え、呆れる。


 彼女たちはペンギン。いくら壇上で輝く彼女らとて、陸上歩行はお世辞にも上手とは言い難い。走れるには走れるのではあるが、彼女たちの真価は水の中、あるいは雪上での腹ばい疾走である。


「も、もうダメぇ」とジェンツーペンギンジェーン


 ユニットで一番おっとりとしているフンボルトペンギンフルルは息も絶え絶えで意識が何処かへ飛んでいた。


「急がねぇと見つかちゃうぜ、急ごうっわぁ!?」

 熱血のイワトビペンギンイワビーが気合を入れ直し走り出す、が、足がもつれ、その場に尻もちをつくように倒れた。咄嗟に全員が助けに集まる。


「大丈夫!?」


「嗚呼っ、アイドルのこける姿! これは高いわよ! カメラさん、下から前からえぐりこむように!」


 楽しそうである。


 当然、そのように声が上がっているので、


PPPペパプとマーゲイ、見ぃつけた!」

 そうなった。




「イワビーさん、大丈夫かなぁ」


 幸い、尻もちをついただけという事もあって元気な姿ではあった。しかしジャパリパークを担うアイドルである彼女たちである。心配はしてもし足りない。かばんもまた、PPPペパプのファンであった。


「うん、心配だけどマーゲイも皆も一緒だったから、任せようっ」


 発見時、何故かイワトビペンギンの股に目掛けて匍匐前進パンツァーファーしていたマーゲイであったが、しかしあくまでマーゲイはマネージャー。すぐさま正気を取り戻すとイワトビペンギンの体調管理に向き直った。


 尻を執拗しつようで回し徹底的なチェックとなったが、最終的には問題は無しと言う事でまとめめて初期位置へと戻っていった。


 二人は更に進み、回転木馬、コーヒーカップと調べて回った。


 と、視界の端に何やら四角く大きな建物が目に入る。


「あれは」


 かばんは建物に近づく。つたや錆、そこもまたちた外見であった。


「げーむ、こーなー……」


 デカデカと書かれた文字は何とか読みけた。向かって左右に、それぞれ両開きの門が備えられている。


「なぁに、あれ?」

「ゲームが、出来るみたいです」

 チョコリと脇に戻ってきたサーバル。かばんが応える。


「げぇむ?」


「えぇと、ほら、ゆきやまちほーの温泉で、キタキツネさんがやっていた」

 そこまで言うと、もしや、と。かばんの直感が走った。


「あー、あの光るヤツだねっ」


「いってみよう」


「うん」


 兎角とかく行動あるのみだ。二人は建物へ入って行った。




「もう、諦めなさいよぉ」


 暗闇の中、二人は慎重に進む。広いスペースには所狭しと筐体きょうたいが並べられ、床のアチコチにはちた椅子が転がっている。


「やだ……」


 はぁ、とギンギツネは深いため息をつく。それでも、キタキツネを見捨てるという選択肢は彼女には存在しなかった。


「帰ったらいっぱいやっていいから、ね?」

「むぅ」


 二人は今、建物内の電源を探して回っていた。


 偶然にも入った建物の中、闇に慣れた視界に、キタキツネがこよなく愛するゲームの姿を確認してしまったのがそもそもの運の尽きだ。


 壁をひととおり調べ、奥へ進む隙間を見つけた。そこは一等狭い空間で、倒れた棚やちたあれこれが散乱している。一歩歩くごとに、ホコリが舞った。


「そもそもかくれんぼもゲームじゃない。こんな時まで」


 やや説教臭くなるのがギンギツネの悪い所であり、良い所である。いつもいつでも、そうやってキタキツネの側には彼女が居てくれる。


「……しっ」

 言いかけたギンギツネは小さく唸った。


「?」

 キタキツネが振り返る。


「物音がしたわ。かばんちゃんたちかも」


 声量を落とし、ギンギツネは耳をピンと立てた。ギ、ギギィ。建物内に響く音は、二人が入ってきた時と同じ、建物のドアが開かれる時の音。片一方のドアは白くにごり、動かそうにも動かず、手をかける場所もなかった。つまり二人と同じドアから誰かが入ってきたのだ。


「うぁ、もう来た、の?」


「たぶん、ね。だからもうオシマイ。今なら逃げる事も出来るかもしれないわ」


 厳密なルールとしては、見つからない限り移動は自由である。


「どうやって?」


「ウチの温泉と同じでドアがいくつかあるかもしれないわ。それを探しましょう」


「うん。解った」


 示し合わせると、二人は今いる場所の更に奥へ進んだ。




「けほ、けほ」


 両開きのドアを二人がかりで押し開け、かばんとサーバルは建物へ入った。流入する空気にホコリが舞い散り、かばんは小さく咳き込む。


「大丈夫?かばんちゃん」


「うん、へいき」


 口を抑え、それでもまだまだケホケホを繰り返す。何度かそうしてから、てのひらで口元を多い、深呼吸。


「真っ暗だね」


 中途半端に開かれたドアの隙間から照らされる一部を除いて、室内は漆黒の闇が包んでいる。


「うーん。かばんちゃん、ドアを閉じてくれる?このままじゃ夜目が効かないみたーい」


 額にてのひらかざして覗き込むも、漏れ入る光に夜目が完全には切り替わらない。サーバルが言うに、かばんは「わかった」と後ろ手に中開ちゅうびらきのドアを押しやる。


 ズズ……ギィィ、ズンッ。室内を真の暗闇が支配した。


「……さ、サーバルちゃん?」


 一瞬でサーバルを見失ったかばん。心底不安になり、サーバルを呼んだ。


 スっと、かばんの手を何かが包んだ。


「呼んだ? かばんちゃん」

 サーバルだった。


「大丈夫?」


「ま、まだ真っ暗で。何も見えなくて」


「そっかぁ。でも大丈夫っ、私が手を握っててあげるっ」


 巨大セルリアンに飲み込まれ、かばんの手を包んでいた手袋は消えた。だがその事で、今手を包んでいるサーバルの暖かさはより一層、確かなものと感じられた。


「えへへ、サーバルちゃんの手、柔らかくてあったかいや」


 真っ暗だけど、平気。かばんの表情には笑顔があった。どんな時でも何度でも。一緒ならこうして笑える。そんな根拠のない確信が、言葉にならず、しかし確かに胸の中にあった。


「行こう、かばんちゃん。足元気をつけてっ」




 そうして。


 夜目が効くとは言え暗闇。


 えっちらおっちら。ダレるキタキツネ。励ますギンギツネ。二人はようやっとの思いで裏口と思われるドアにまでたどり着いた。


 ガタ、ゴト。背後の空間からは遠く、幾度も何かが動く音がして、


「っ」


 ギンギツネがドアノブに飛びついた。動かない。いや、僅かに動く気配はある。しかし真横に突き出すドアノブはそれ以上に傾かず、


 ドサッ、何かが落ちる音。


「うぅ……っ」

「なんっで、うごかないのっよぉ」

 せまる音。焦りだけが増す。なんとかしなきゃ、ギンギツネの脳内は激しく自分の責任の重さを訴えかける。守るべき、大事なトモダチ。


「んんっ」

 キタキツネがギンギツネの元に飛び込む。ギンギツネの手の上からドアノブに手をかけ、

「「んんーっ」」

 もう、ちょっと……


 必死に脳内で語りかける。


 ガシャ、パリッ、チャリン、音はぐそこに迫った。

「「ひぃいいいい!!」」




「たぶん、これ、かなぁ」


 カシャリ。かくてかばんとサーバルに見つかった二人。


 悲鳴を上げへたりこみ、そして落ち着いた頃、二人はドアが開かなかったと説明に至った。


 それを聞いたかばんは、暗闇の中ドアをじぃっとにらむと、そう言って手を伸ばしたのである。


「これで、どう、かな」


 ドアノブに手をかけ押し込む。ギ、ギィィ。にぶい音を立てると、二人がどれだけ必死にやっても開かなかったドアはゆっくりと開き、闇夜に慣れた目には痛いほどの光が差し込んだ。


「鍵がかかっていたみたいですね」


 光に慣れる頃、後光を背負ってかばんはエヘヘと微笑んだ。


 ギンギツネ、キタキツネ、アウトであった。


「あれ、これは……」


 と、二人の後ろに居たサーバルが声を漏らした。





 それから更に。


「じぃいいいいい」


「ハシロコウさん……」


「こっち見てるよぉっ」

 路上で立ち尽くし、見つかるや視線を送り続けるハシビロコウ。


「あー、見つかっちゃったぁ」

 ちょっとした日の当たる岩場で寝転がるライオン。


「くっ、ここまでか! ならば是非もなし! 覚悟ぉ!」

 見つかるや襲いかかってくるヘラジカを確保。


 更に進むと、


「うぅむ、この場所に隠れるとなると二人はこの方向から入ってきて、そしたら私達はこっちへ逃げる。そうすると……」

「キリンさん。もう見つかってます……」

 アミメキリン、キツツキをあるアトラクション前で。


「うあああああ! 抜けないでありますううううう!」

「あわ、あわわわわ」

 花壇に穴を掘ろうとハマったプレーリドッグ、側で狼狽えるビーバー。


「アライさんが一番なのだーっ!」

「あらいさーん、見つかっちゃうよぉー」

 ぐるりと円を描く観客席、囲われるように中央にある舞台上、腰に手をやり胸を張るアライグマは、二人を見るや指を突きつけビシィ、待っていたのだ! と言い出す。

 観客席のフェネック共に確保。


 残る所わずかという所であった。


 しかし同時に空はあかねに染まり、れて日が沈もうとしていた。


「ラッキーさん、今どれくらいでしょう」


「アト、一時間クライダネ」


 問うと、ラッキービーストが発光しながら答える。あまり時間はないが、残りの目標も後わずか。


「やぁ、順調なようだね」

 そこへ声をかけてきたのは取材をして回っていたタイリクオオカミである。


「さっき待機所へ行ってきたんだが、すごいじゃないか。もうほとんどを見つけてしまっている」

 手に持ったノートに思い出しては書き足して、を繰り返している。


 序盤でこそかばんとサーバルを離れて観察していたものの、気がつけば姿も気配も消えていた。どうも辺りを回っていたらしい。


「ねぇタイリクオオカミ、他の皆は何処に隠れているの?」

 身も蓋もないたずね方をするサーバル。そろそろお腹も空く頃であった。


「流石に、それは答えかねるな。後は、ハカセと助手、それとツチノコだったかい」


「ええ」


「まぁ間違いなくゆうえんちの何処かには居るよ。頑張って」

 ペンを持った手で、親指を立てる。


「んー、お腹減ったよぉ」

 サーバルが思わずこぼす。


「ああ、一度最初の場所に戻ってはどうだい?時間が時間だから皆もご飯を食べている。君たちも一旦食べるといい」


「でも……」


「急がば回れ、さ」


 ゲームの終了が遅れればそれだけ待機場所に集まった皆は動けないままである。この時間にもなるとやはり多少の焦りは隠せない。


「んーかばんちゃぁん」


「それにこうも言うね。――腹が減っては戦は出来ぬ」


「……そうですね、わかりました」

 そうして、二人は来た路を引き返した。




 それから少しして。


 ガサ……ガサガサ……


「う゛ぅー、何だよぉ、結局見つけられなかったじゃねぇかよぉ。いつまでこうやって隠れてりぁいいってんだよぉ」


 草むらをかき分け、闇に光る瞳。ポケットに手を突っ込んだしゃに構えた立ち姿。ツチノコは誰もいなくなったソコにい出し、うなった。


「……ちぇ、仕方ねぇ、もう少し近づいてやるか」


 ケッと誰にともなく舌打ち、カランカランと下駄と鳴らし、ツチノコは一行が消えた夕闇に溶ける。


 ツチノコ――現代になお伝えられる日本独特のUMA未確認動物


 数百、数千万という懸賞金がかけられ、幾多の目撃例がはるか昔から伝えられるもお、尚人類が発見には至らない存在である。


 



 その場は既に御食事会と化していた。


 素直に待つにはいささかの時間が立ちすぎていたし、じっとしているのが得意なフレンズはむしろ少ない。


 ジャパリまんをそれぞれが思い思いの場所で頬張ほおばる。テーブルで、遊具で、高台で。中には既に食べ終えたのか、追いかけっこを初めているものもいる。


 そこは最早、小さなジャパリパークであった。


「おや、戻ってきたでありますか?」

 いち早く二人の姿を見つけ、プレーリードッグが小走りに駆け寄ってくる。


「あはは、お腹、空いちゃって」


「もうぺこぺこだよぉ」


「そう思って、持ってきたっす。はい、どうぞっす」


 言うと、脇にやってきたビーバーは両手に持ったジャパリまんを差し出す。二人は感謝の言葉を口にし、それを受け取った。


「よぉ、もう終わったのかい?」


 二人の背後、これまた高台で寝転がっていたライオンは腕枕の姿勢、ジャパリまんをほおばる。


「いえ、まだです」


「そうか。そろそろ腹も空くだろうからなぁ、一旦終わりにするかい?」


「えぇー、まだ終わってないよぉ」


 遊びでも本気。いや、遊びだから本気。勝ち負けというよりは遊び足りないのか、サーバルは言い返した。


「でも、サーバルちゃん、後の三人もお腹減ってるかもしれないよ?」


「ふむ。後三人か。誰なんだ?見つかってないのは」


 二人の姿を認め、ヘラジカもやってきた。


「ええと、ハカセと助手さん、それからツチノコさんですね」


「ハカセと助手かぁ」


 ツチノコの事はあまり知らないが、ハカセと助手の事は知っている。だからこそ、ヘラジカは難しい顔をせざるを得なかった。


 アメリカオオコノハズクとワシミミズク。共にフクロウのフレンズである。主に夜に活動する、闇夜のハンターである。周囲の音を敏感にキャッチして、更に羽ばたきの音を感じさせずに一瞬で襲いかかる。まさに夜の主と言える。


 そして、今はもう、日が暮れてしまっている。


 ゆうえんちのあちこちで高い棒に明かりがともり、歩くのには苦労はしない。しかし明かりの範囲から少しでも離れれば其処は闇の世界である。


「ハカセと助手がどうしたのだぁ?」

 更に其処にアライグマがやってくる。勿論側にはフェネックも居る。


「まだ見つからないんだよぉ」とサーバル。


「へ?」

 アライグマは驚き、素っ頓狂すっとんきょうな声を出した。


「へ?」

 サーバルがオウム返しに続く。


「その二人ならすぐそこに居たのだ」


「えぇ?」

「さっきまで、アソコらへんでジャパリまんを食べてたのだ。すっかりアライさんは二人が捕まったものだとばかり思っていたのだぁ」


「……そういえば慌ててどっかに行ったねぇ」

 フェネックが続ける。かばんはサーバルに向き直る。一時は中止も視野に入れねばならなかったが、少しの光明こうみょうが見えた気がした。


「という事は、もしかしたらまだ近くに居るかもしれませんね」


「うん、探そう! かばんちゃん!」

  



 流石に皆の中に混じったまま、という訳ではなかった。だが隠れる際に高い所に居る事は出来ない。そして恐らく、すぐ近くに居て、慌てて逃げたとしたら空を跳んだ可能性は低い。


 そう遠くへは行ってない筈だった。


「いないねぇ」


「うん。今まで探してなかったけど、草むらとか、探した方がいいかもしれないね」


「そっか! うん、わかったよ!」

 そうして二人は一つ一つの茂みをき分ける事にした。


「見つからないねぇ」


「うーん、ヘラジカさんたちも言ってたけど、夜になったら二人にはまず敵わないって」


「そうなんだ、すっごいねぇ」

 すっかり自分が本来夜行性である事を忘れつつあるサーバルである。


「そうなので。凄いのです。もっと褒めるといいのです。

 ……はっ!?」


「この声……」

 それはすぐそばからした。路の脇しげる草むらの更に向こう。完全なる闇の中。


「そっこだぁ!」

 と必殺の気合、サーバルはおどりかかった。

「ぐぇ!」


 すっかり夜は寝るようになったとは言え流石そこは夜行性。切り替えられた夜目はハッキリとそのシルエットをとらえ、また、捕らえた。


「何をするのですか! 重いのです! 早くどくのです!」


 まだぼんやりとしか見えないかばんの視界で、サーバルの下、ダレかがもがいている。だがその声は良く知っていた。かばんはしっかりと間違えないように近くまで寄ると、その姿を確認し、


「助手さん、見ぃつけた」

 宣言した。


「もう大丈夫だよ、サーバルちゃん。重いって」


 それからサーバルに声をかけた。フレンズの中でも小柄な部類に入る、フクロウの助手はサーバルに四肢ししを抑え込まれ、既にぐったりとしている。


「ワタシ、そんなに重くないよぉ」


 存外重いという言葉に気を悪くしたのか、サーバルがしぶしぶとその上から退く。


「私は頭脳派で技巧ぎこう派なのです。パワーはないのです」

 肩を押さえ、助手は起き上がる。


「大丈夫ですか、怪我とか、してませんか」


「ご、ごめんなさい」


 流石に痛がるその姿に、サーバルは一瞬で落ち込み、謝る。大きな耳がシューンと垂れ下がった。


「まぁいいのです。頭脳派と言え、フレンズはそんなにヤワではありません」


「良かった」

 胸を撫で下ろす。


「サーバルも、落ち込まなくて良いのです。むしろ我々を良く捕まえたと褒めてやるのです」

 主を名乗るだけあって、寛容かんようであった。


「うん……、本当にごめんね?」


「あれ、でも我々って……? ……助手さんしか……」


 辺りを見渡すかばん。広がる闇。夜目に慣れてきたとは言え人間ヒトの視力である。うすらぼんやりとしか見えない視界には、一面の芝生しか確認出来ない。


 助手はある方向に視線をやると、小さくため息を吐き出した。


「博士はそこに居るのです」

 と、ある方向を指差した。


 まだしょぼくれてるサーバルは視線こそ向けるが動く気配は無い。意を決してかばんは指示された方向へ踏み出した。


 そして、


「え、ええぇ!?」



「え、何なに、どうしたのかばんちゃん!?」


 思わず大声で驚きの声をあげるかばん。咄嗟とっさにサーバルが駆け寄る。二人の視線の先には


「……」


 細く、とても細く、自身の身体を凝縮され立ち尽くすハカセの姿。


「ハカセはとても臆病なのです。防衛本能としてこの擬態の姿になってしまったのです」

 背後から付いてきた助手。


「……」

 無言のハカセ。言葉もないと言ったところだろうか。


「すごーい、全然わからなかったよぉ」


 サーバルは新しい驚きで、すっかり立ち直ったようであった。


 さて、残るはただ一人となった。





「ですので、あの擬態は列記とした技術スキルなのです。決してビビって動けなかった訳ではないのです」


 くどくど、くどくど。再度戻る道中。ハカセの高説は留まることを知らなかった。


「へぇ、すごいねぇ!」


 とサーバルが応えるものだから、その熱は覚める事も知らない。


 ゲームは最後の一人、ツチノコを残すのみだ。だがいよいよ時間は差し迫り、園内を改めて廻る余裕もなさそうである。


 かばんは、最後の賭けに出る事を決めていた。後はヤマを張る場所をどうするか、である。


 脳内で思考を巡らせる。決して多くを知っているフレンズではなかった。だがあの短い間の付き合いにも、ツチノコらしさはあった筈だ。それを見つけだす。


「あ、戻ってきたな」

「おーい」

「見つかったのー?」

 其処は最初の地点。今なお沢山のフレンズが楽しく過ごす場所。


「いえ、まだ」

 答えるかばん。


「大丈夫なの? もうそろそろ時間でしょう?」


「こりゃツチノコの勝ちかぁ?」


 暗い場所、一人で居るのが好きだと公言する。だが最後まで付き合ってくれたり、迷路を抜けた広場で見せた知的好奇心。見送ってくれ、またねと交わし、あの時も、駆けつけてくれた。


「いえ、最後の勝負です。

 サーバルちゃんっ、アレを貸して貰える?」


 たぶんだけど、きっと。確かとは言えないが、一種の予感を感じていた。


「コレを使います」

 サーバルから受け取ったそれを、かばんはてのひらに乗せ、広げ見せる。


「いきます。

 えいっ」


 そして街頭の光あふれる路の一点へ、放り投げた。



 幾度も発見の報告こそあれど、決して人には発見する事の叶わなかった存在。しかしまた幾度となく人の世界に現れ消えていく。ほんの少し昔まで、そうやって人の、ダレかの近くに存在した。



 そんな彼女を魅了して止まない


 チャリーン、


 ジャパリコインである。


「う、ウ゛ォエーッ! ジャパリコイーーーン!!」

 ザバっと草むらをき分け飛び出す。茶色と白のまだらの姿。


 かばんとサーバルはその光景を見ると、顔を見合わせ、笑顔一つ。


「「ツチノコ見ぃつけた!」」

 勝利を宣言した。




「仕方ねぇダロ!ジャパリコインはパークに滅多に残ってねぇんだヨォ!!あれ以来一個も見つけられなかったコレが、なぁんでここで手に入るんだぁ!!」


「もぉぅちょっとでツチノコの勝ちだったのにぃ」


「まさかの結果だな」


 フレンズに囲まれ、やんややんやとからかわれる。シギャーッ、とツチノコがコインのレアリティを顔を真っ赤にして訴える。


 サーバルがコインを見つけたのはゲームコーナだと教えると、うおぉぉ!と興奮して今にも探しにいこうとするツチノコ。もう暗いから明日にしようよとさとされる。







「おや、もうゲームは終わったのですか」


 見回りも終わろうかと、一旦戻ってきたキンシコウ。語りかけるのは机に広げたノートに一心不乱に執筆にいそしむタイリクオオカミだ。


「ああ。中々にたのしめたな」


「ですが、この暗い中では上手く書けないでしょう」


「うん。

 ――だがこの瞬間、彼女たちを収めるには今しかないんだ。生憎テーブルの上に明かりが来ないが」


 と言わんがばかりに目を輝かせ、手を休める事をしない。


「新作、ですか?」


「ああ。色んなところに好き好きに生きていたフレンズが、一つに集まって何かをするんだ。――タイトルは、そうだな」


 言うと、顔を上げた。視線の先、今なお大騒ぎを繰り返す。


 光の中、皆笑顔で笑っている。


「けものフレンズ」

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かくれんぼ 和平 心受 @kutinasi3141

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