僕と笑顔とサーバルちゃん

燈乃つん

けもの

「ッハ……ハッ……っくあ……!」


駆ける。懸ける。賭ける。


小麦色の長草を半ば毟り取るようにひた走る。心臓はとうの昔に最高速までテンポを上げて鼓動している。躰中が巡る血液で熱すぎるのに、手足は震え、喉はひゅうひゅう鳴り、背筋は凍えるほどに冷たい。


それでも/だからこそ、この先で後ろの「けもの」が自分を見失うと信じて。この生命の危機を脱することが出来ると信じて。


「────」


タンッ、と地を蹴る音が小気味良く響く。その音に腹の底が急速に冷えるのを自覚したその瞬間、圧倒的な力で叩き伏せられた。


「かはっ……」


肺と腹の空気が一気に出され、打ち付けた顎や足が刺さるように痛んだ。悲鳴を上げる間も無く、乱雑に仰向けにさせられる。荒れ狂う心臓と迫る命の終わりへの恐怖でもう、頭の中は真っ白だ。


せめて、自分の命の羽を散らす相手を見ようと、瞑った瞼を恐る恐る開くと……、


「───うみゃみゃみゃ……」

「えっ……?」


声が、漏れた。そこにいたのは、「けもの」というより、「何か」に近かった。


爛と輝く瞳。鉤爪のように握られた手。八重歯を覗かせる口許。そして……耳と尻尾。

似てはいるけれど、明らかに「けもの」ではなかった。


そのことに安心しかけたが、間も無く次の問題に行き当たる。


そう、相手が「けもの」では無かったにせよ、自分がどんな理由であれ狙われてることには変わらないのだ。


だから……焦った頭で紡いだ言葉は、少しおかしかった。


「た、食べないでぇ!」

「食べないよ!」


間髪入れず返された。


そっか、僕は食べられないんだ。そう安堵を内心に押し隠した。


─────彼女は、自分のことをサーバルの「フレンズ」だと言った。でも、僕はサーバルさんと違って「フレンズ」じゃない。名前も分からない。……それならと、サーバルさんは僕に「かばんちゃん」と名前を付けてくれた。


最所は、なんて安直な……と思ったけれど。


─────


「……今は、凄く気に入ってるんだ」

「……んみゃ?」


隣で眠るサーバルちゃんに、こっそりと声をかけると、寝言で返事をしてくれた。寝てても優しいサーバルちゃんに、たくさん助けてもらった。他にも、色んな「フレンズ」の皆にも会って、話して。


果たして……僕は、サーバルちゃんや皆に、何をしてあげられるのかな。


今は、何も出来なくても。助けてもらってばかりでも、何時かは、心から、笑い合えたら良いな。


瞬く星々を、一つ一つ、皆の顔を重ねながら数えていく。思い浮かぶのは、どれも飾り気無い皆の笑顔だった。

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