森の王と戦士達を繋ぐ物

COSMO

言葉にせずとも、そこにある

 これは、へいげんにおける、ライオン陣営とヘラジカ陣営の戦い……その数日前のお話。



「あの、ヘラジカさん」


「む?」


 おずおず、といった様子でかばんが話しかけると、ヘラジカはゆっくりと振り返る。

 その後ろでは、ヘラジカの仲間達が52回目のライオン陣営との対決に備え、かばんの指示通りの特訓を続けていた。

 真正面からヘラジカの目を見つめると、かばんはますます怖気づき、ほんの僅かに後ずさる。

 ヘラジカの瞳は、決して恐れを抱くような物ではないが、あまりにも純粋で、後ろめたさを感じながら話すことは勇気が必要になる。

 きっと、彼女にとっては、今怖気づきながらも話しかけてきたひ弱なかばんですら「自分と志を共にする同士」と、信じて疑っていないのであろう。


「どうしたかばん。特訓のことで、何か気づいたことでもあったのか?」


 そんなかばんの心情を当然ヘラジカが汲み取れるはずもなく、絶対の信頼を持って、ヘラジカは尋ねた。


「その、ヘラジカさんと、お仲間のみなさんは、どのように出会ったのかな、と思って」


「……どうしてそのようなことを聞きたがる?」


「僕はサーバルちゃんと偶然さばんなちほーで出会って、何もわからない僕が心配でサーバルちゃんはついてきてくれてます」


「ほう。そうだったのか……それは良い縁だったな」


「は、はい!あ……それで。へいげんに来るまでも、色んなフレンズさん達とお話をしました。みなさん、とても優しいフレンズさん達で、本当に助けられました」


「それはかばんの行いの良さが表れた結果だろうな」


「い、いえ……」


 かばんの頬が赤く染まる。ヘラジカの言葉はどこまでも純粋で。誰もがその言葉に裏が無いことを理解できるから、まっすぐに心に響いてくる。


「けれど、僕たち、ライ……じゃない。ヘラジカさん達が初めて出会う群れなんです。だから、その群れができた理由を聞きたいな、と思って……」


「なるほど……」


 かばんの言葉を最後まで聞くと、ヘラジカは仲間達へと振り返った。

 そこには、ヘラジカの勝利を信じて、一生懸命に戦いの準備をする仲間達の姿があった。

 そんな彼女たちを、ヘラジカはしばらく見つめていた。


「あの……」


 急に何も言わなくなったヘラジカに、かばんがおそるおそる声をかける。その言葉でヘラジカも我に返り、かばんちゃんへと向き直った。


「いや。すまないな。……かばんよ。お前は、サーバルとの出会いは偶然だった、と言ったな」


「は、はい」


「私も同じだ。私と皆との出会いも、ただの偶然だ」


「そ、そうなんですか?」


「意外そうだな。何か予想していた出会いでもあったか?」


「ヘラジカさんはとても強いので。その強さに憧れて、皆さんが集まったのかな……と」


「なるほど。……しかしな。かばん。お前が生まれ、サーバルと出会うまで一人だったように。私も一人だった時があるんだ」


「あ……」


 それは、考えてみれば当然の話だった。

 今までかばんが出会ってきたフレンズ達は、既に自分が何の動物であるかを知り、ナワバリを見つけているフレンズ達ばかりだった。

 しかし、生まれたばかりのフレンズは、何もわからない。自分が何の動物なのかも。それを一番理解していながら、かばんは失念してしまっていた。


「私は、自分がヘラジカであることを理解し、ナワバリがへいげん付近であることを知ってここでの生活を始めた。当然、その時、仲間のみんなは周りにいなかった」


 ヘラジカは目を閉じ、当時の自分を思い出しているようだった。


「今でこそ。皆は私を『森の王』と呼んでくれている。だが、一人の私は王でもなんでもない、ただのヘラジカだった」


 そう話すヘラジカの声は、少し気弱で、いつも気丈に振る舞う彼女らしさはまるで感じられないものだった。


「私と皆との出会いは、ひとつひとつ話してどう、ということではない。皆、本当に偶然出会ったんだ。……だがなかばん。これは知っておいてくれ」


 ヘラジカが目を開く。その瞳に込められた思いは、やはり純粋な彼女の信念そのものだった。


「出会いは偶然でも、皆は、私についていく、と言ってくれた。そこで初めて、私は『森の王』になれたんだ。皆が、私を王にしてくれたんだ」


 ヘラジカが再び振り返る。そこには、彼女が誇りに思う仲間達の姿があった。


 自分を王と呼んでくれた。自分を王にしてくれた。気高き同士の姿。


「だから、私はライオンに勝ちたい。私の力だけではない。私の愛すべき仲間達の勇姿を、ライオンに見せつけたいんだ」


 これで、満足か?そう言いたいように、ヘラジカはかばんへと向き直り、微笑んだ。


「はい。……ありがとうございます」


「なに。気にすることはない。そうは言いながら、私はまだ……」


「いえ。必ず、次は勝ちましょう」


 力強いかばんの言葉に、ヘラジカは目を丸くした。しかし、すぐに笑みを浮かべ、かばんの肩に手を置く。


「かばん。もちろん。お前とサーバルも、私の大切な仲間だ。お前達との出会いも、かけがえのないものだ。一緒に勝とう」


「はい!」


 この時、かばんは理解した。何故、ヘラジカにみんながついてきたのかを。

 51回もの負けを繰り返しながらも、彼女のために戦えるのかを。


「さて、私も皆に負けてられないな!ライオンとの対決に備えて体を動かしてくる!かばんは策の指導を頼んだぞ!」


 そう威勢よく伝えると、かばんの返答を待つ前に、ヘラジカは棒を片手にどこかへと走り去ってしまった。


「あれー?ヘラジカ様どこ行っちゃったの?」


 オオアルマジロの声にかばんが振り返ると、一通りの特訓を終えたヘラジカの仲間達とサーバルが集まっていた。


「材料は集め終わったですー。あとはこれを組み立てて、ヘラジカ様に似せるだけですー」


「かばん!私達も防御の特訓は完璧ですわ!」


「せ、拙者もなんとかなる気がしてきたでござるよ……」


 それぞれの役割を果たすために、何より、ヘラジカのために頑張る彼女達の姿を見て、かばんは口を開いた。


「みなさん。一つ聞いてもいいですか?……みなさんは。どうしてヘラジカさんについていこうと思ったんですか?」


 突然のかばんの問いに、一同は一斉に目を丸くした。しかし、少し間を置いて、サーバル以外の全員が、口を揃えて、こう言った。


『ヘラジカ様のことが好きだから!』「ですー!」「ですわ!」「でござる!」


 サーバル一人だけが驚いているが、その予想通りの答えに、かばんは深く頷き、拳を掲げて叫んだ。


「ヘラジカさんのために、頑張りましょう!」


『おー!!』


 士気を上げるヘラジカの仲間達からこそこそと離れ、サーバルがかばんの側へと寄り、小声で話しかける。


「どうしたのかばんちゃん?ヘラジカと何かあった?」


「少しお話したんだ。そうしたら……。なんだか僕も、勝ちたくなっちゃった」


「そっかー。じゃあ、私も頑張るよ!」


「うん」



 かばんの胸には、このような思いがあった。


 ライオンに頼まれたから。ではなく。


 この森の戦士達と、森の王のために、勝ちたい。


 今この瞬間は、僕も、その一員なのだから。

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