きみかげのはな
きみかげのはな 壱
ああ、どうもお邪魔致します。本日はお日柄も良く……春は良いですね。大久保先生もお元気そうだ。流石にこんな
先生、ところで今日は先生に聞いていただきたい話がありまして、
ええ、そうです。
あれはつい先週の事でした——。
実に暖かな日で、上着も要らない程の陽気でした。僕は時折額の汗を拭きながら、仕事帰りに心も軽く古本街を歩いておりました。春の日和に釣られて財布も軽く——いえそんな、毎日寄ったりはしていませんとも。
ええ、さて、そうやって僕が外の棚を冷やかしていると、一軒の店の前でふと足が止まりました。今度はおかしな店ではありませんよ。ああ言うのは、この左目の件で懲りていますから。きちんと人間の店主が営んでいる、割合に新しくて
僕は外国の書物にはそれほど興味はないので、いつもそこはチラリと見る程度で過ぎていたのですが、その日に限って何か予感がしたのですね。引き込まれるように店に入って行きました。
店主は入ってきた僕を見て、「ごゆっくり」と声を掛けてくれました。僕はその言葉に甘えることにして、あちこちの棚を見て回りました。と言って、
……何の話でしたか。そう、怪異の話でした。そう残念そうな顔をしないで下さいよ。こちらが本筋なのですから。
そんな具合にあちらの書物を眺めているうちに、これぞと言う物があったのですね。中身は植物の図録です。青い布張りの表紙に、涼しげな銀の装飾文字で書名が記されていて、ははあ、流石舶来の物は
下宿に帰って、
先生、呆れないで頂けると
そのまま幸福な眠りに就いた僕は、
僕はギョッとして起き上がりました。月明かりが白々と障子越しに差し込んでいて、薄暗い闇の中、僕の布団脇に確かに若草色の着物姿の、
ああ言う時は、なかなか声が出ない物なのですね。僕は
「
こう、丁寧で時代がかった口調でした。泣いてはいたけれど、少し幼顔の綺麗な人で、こんな時でなければ見惚れていたでしょうね。
「押し潰されて苦しゅう御座います。どうか、どうか後生と思って私を助けて下さいませ」
「どういう事でしょうか」
僕は声を震わせながらそう言いました。
「僕は
「ええ、ええ。貴方様に
「ただ?」
女は伏せていた目をスッと上げ、僕の顔を真っ直ぐに見上げました。そうして、底冷えのする様な視線と声で、こう言ったのです。
「私の死骸を、貴方様はお手元にお持ちの
僕は何も答えられず、そのまま凍りついてしまいそうでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます